労働記録 EP.06 仕事遍歴シリーズ
3時間、ティッシュを配りながら
戦争のことを考えていた。
「活用」される人間は、なぜ思考をやめていくのか。
退屈な仕事は思考を奪わない。むしろ暴走させる。そしてその暴走の果てに、ある種の真実が見えてくる。派遣のモバイル販売員がティッシュを配りながら到達した、小さくて深い場所の話。
3時間
パンパンの紙袋が空になるまで
2袋目
追加で渡されて、絶望した
1瞬間
外国人に思わず渡してしまったとき
2026.03.17 読了15分 派遣 / ティッシュ配り / 労働と思考 / 仕事体験談
この記事には、テーマが2つある。
ひとつは、ティッシュ配りという仕事の話。派遣のモバイル販売員として働き始めた一週間以内にやらされた、その3時間の記録だ。
もうひとつは、退屈な仕事が人間をどこまで連れていくか、という話だ。
その答えは、戦争だった。
大げさに聞こえるかもしれない。でも自分はティッシュを配りながら、そこまで辿り着いた。なぜそこに辿り着いたのか、順番に話す。
01
「活用」——その言葉が意味していたこと
反論できないのに、傷ついた。そのねじれの正体。
入社初日に、こう言われた。
入社初日 / 上司の言葉
「カウンター業務やプラン提案とか向いていない場合、ティッシュ配りや抽選イベントで活用していく。」
「活用」という言葉が、喉に小骨みたいに刺さった。すぐには痛くない。でも飲み込むたびに引っかかる。
人材を「活用」する——それは経営の言葉だ。合理的に正しい。向いていなければ別の場所に回す。それを否定する言葉が、自分には出てこなかった。反論できないのに、傷ついた。
そのねじれの正体に、自分はずっと気がついていなかった。気がついたのは、3時間後だ。
「活用」という言葉の解剖——なぜ傷つくのか
合理的な人材配置の話。反論できない。正しい。
「あなたは道具です」という宣言。人間を機能として定義する言語。
反論できないから、傷つきが内に向かう。「自分が悪い」になる。これが言葉の暴力の精巧な形だ。
この章の結論
「活用」は合理的だから反論できない。反論できないのに傷つく——そのねじれこそが、言葉の暴力の精巧さだ。
02
ティッシュ配りの仕組み
——受け取る側も、道具にされている
配る側だけが道具ではなかった。連鎖の全体像。
研修中のマークをつけていたからか、思ったより受け取ってもらえた。研修中のやつが頑張って声を出してティッシュを配る——自分が客でも受け取っていたかもしれない。そういうことだ。
でも、この仕組みを理解したとき、自分はある感覚を覚えた。配る側だけが道具にされているのではない、と。
ティッシュ配りの連鎖構造
誰が誰を道具にしているか
自分をティッシュ配りに「活用」する
コストを払った分だけ人を使い切る。それが経営だ。
▼
3秒で足を止めさせ、契約に引き込む
「ティッシュをどうぞ」という親切の皮をかぶせた、誘導だ。
▼
「活用」は一方通行ではない。自分が道具にされる連鎖の中で、自分もまた誰かを道具にしている。特に老人は。この構造に気づいたとき、自分はティッシュを持ったまま少し立ち止まった。
この章の結論
道具にされる側が、同時に誰かを道具にしている。ティッシュ配りは「活用」の連鎖構造そのものだった。
03
絶望の構造
——やる気を見せた瞬間に、自分が道具だとわかった
「成果を出した」のではなく、「予定通り消費された」だけだった。
思った以上にはけた。パンパンに詰まった紙袋が3時間もたたずに全部なくなった。自分は少し得意になった。「これ全部はけさせてやる気をアピールしよう」——今思えば恥ずかしいことを本気で考えていた。まぁ希望があったってこと。はじめてのことだし。
そこで初めて理解した。自分は「成果を出した」のではなく、「予定通り消費された」だけだった。やる気を見せた瞬間に、自分が道具であることが証明された。道具は頑張れば、もっと使われる。それだけだ。
ちゃんとティッシュを渡すその3秒の間に誘導するか、そこが重要なのに。配ることそのものに必死になっていた。馬鹿だ、愚かだ。でも本当に悔しかったのは、そこじゃなかった。
こんな仕事をまわされる能力しか持ち合わせず生まれてきた自分が愚かで、悔しくて、なさけなくて。
ザクロの実をむいて得意げに差し出すベトナム人のやけに多い労働者の一人を、その瞬間に思い出した。その記憶と、今この場所が、どこかで繋がった。その繋がりの意味を、自分はまだ理解できていなかった。
この章の結論
やる気を見せた瞬間に、道具であることが証明された。道具は頑張れば、もっと使われる。それだけだ。
04
引っかかる人間と流れる人間
——感度という呪い
消耗する側にだけ、書ける記事がある。
自分の一つ下に体格のいい178cmほどの野球部の人がいた。半年先に売り場に立っていた。声がデカい、体がデカい、愛想もある。現に客をガラポンのところまで連れていっていた。
「活用」という言葉への怒りは、自分がその企業の中の兵隊になったと、大げさだけど思ったからだ。どうせ野球部は「活用」ということばを聞いてもなんともなく右から左に流れていくのだろうな。
自分(引っかかるタイプ)
・言葉を解釈しすぎる
・怒りと傷つきが残る
・消耗が早い
でも、この記事が書ける
野球部(流れるタイプ)
・情報として処理して終わる
・「そういうもんか」で終わる
・消耗しない
この職場では生き残りやすい
ここで重要な問いが生まれる。
流れる人間の方が正しいのか。消耗しない人間の方が賢いのか。——自分はそう思わない。その理由を、次の章で話す。
この章の結論
言葉に引っかかることは呪いでもあり、才能でもある。消耗する側にだけ、書ける記事がある。
05
退屈な仕事が、戦争につながる
——その経路について
ティッシュ配りから戦争まで、4段階で辿り着いた思考の記録。
ベトナムに旅行したことがある。ハノイの観光フェリーだ。そこで、狭いカウンターの中に2〜3人の従業員がいて、ザクロの実を黙々と剥いていた。苦痛も感動もなく、ただそこにいた。踊りのパフォーマンスもあったけど、見るのも恥ずかしいぐらいのだった。なんか自分はそっちに目がいった。
ティッシュを配りながら、その光景が蘇った。自分と彼らが重なった。そして自分はある問いに辿り着いた。
退屈な仕事は思考を止めない。むしろ止まらなくなる。体は動かせない。でも頭は動く。止め方がわからないまま、どんどん深いところへ走り出す。
▼
単純作業を続けていると、普段は蓋をしている場所が開いていく。生まれた場所、育った環境、自分が一番センシティブになる領域。それが滲み出てくる。ベトナムの記憶が出てきたのは、そういうことだ。
▼
ここが核心だ。
野球部のように「活用」という言葉を右から左に流せる人間は、傷つかない。消耗しない。その代わりに何かを失っている。それは、「自分が道具にされている」という感覚そのものだ。
その感覚を失った人間は、指示に従うことが自然になる。疑問を持たないことが美徳になる。効率よく動くことが誠実さになる。
これは悪意ではない。むしろ善意だ。まじめで、一生懸命で、根がいい。だからこそ怖い。歴史上の残虐行為の多くは、モンスターではなく、まじめで従順な普通の人間によって実行された。命令に従っただけだった。疑問を持たなかっただけだった。
▼
だから自分は、こう思う。
退屈な単純作業は、人から「考える理由」を少しずつ奪っていく。
奪われることに慣れた人間は、やがて「考えないこと」が自然になる。そして「考えないこと」の行き着く先が、歴史が繰り返し見せてきた場所だ。
ティッシュを配りながら、そこまで辿り着いた。大げさだと思う。でも、大げさではないとも思っている。
一緒にいた人たちはまじめだった。「こんな仕事やってられるか」とは口から出てこない。それが美徳だと思っていた。でも3時間後、自分はそれを少し怖いと思い始めていた。
「道具」という言葉に引っかかり続けることは、呪いかもしれない。でも同時に、人間であり続けることの証明かもしれない。
この章の結論
退屈→思考暴走→感度消失→従順→戦争。この4段階は、ティッシュを配りながら3時間で辿り着いた経路だ。大げさではない。
06
配る側から見える景色
——人間を観察するということ
道具にされる構造に入ると、自分もまた他人を道具として見始める。
ティッシュを配りながら、通行人を観察していた。そしてあることに気づいた——自分は相手を「ターゲット」として見ていた。いけそうか、いけなさそうか、無視されそうか。それを0.何秒かで判断していた。
これは先ほどの話と繋がる。自分が道具にされる構造の中に入ると、自分もまた他人を道具として見るようになる。その感覚に、3時間で慣れていた。
観察 01
うんとかわいく会釈して断る人もいれば完全無視の人もいるし、こんな地雷系の人が受け取ってくれるのかと思ったら基本若者は受け取ってくれない。外見で判断するな、ということはティッシュを配っているとよくわかる。
観察 02
ごつめのピンクのネイルが触れ合うとか、化粧とかにするのかなとごく適当な妄想をしてみたり。そもそもなぜここにいるのか配信機材を買いに来たのかなとも思ったりする。
観察 03
老人。ガラポンで当たったあと「どこ使ってますか?」とキャリア見直しに誘導され、よっぽどの人だと契約させられる——そこまでうっすら思いながら、差し出す。自分はこの人を「見込み客」として処理していた。それに気づいたとき、少し気持ち悪かった。
基本パターン
若者は受け取らない。スマホを見たまま通り過ぎる。目が合わない。それが3時間続く。
この章の結論
道具にされる構造に入ると、自分も他人を「ターゲット」として見始める。その感覚に3時間で慣れていた。
07
外国人に渡してしまったとき
——システムの外側にだけ、人間がいた
業務として「意味がない」とされた行為が、唯一の人間らしい瞬間だった。
外国人にはティッシュを配るなという指示があった。ガラポンに誘導できない、プランを提案できない、契約につながらない。だから業務として意味がない、という理屈だ。
感じのいい外国人さん。もらいもしないのに——もらえると思って手を伸ばしてきた。自分が思わず差し出してしまったときのことだ。
この章の結論
業務として「意味がない」行為が、唯一の人間らしい瞬間だった。システムの外にだけ、人間がいた。
CONCLUSION
この記事を貫く3本の串
1
「活用」はシステムの言語であり、人間を機能に還元する
合理的だから反論できない。でも反論できないことが、傷つきを内側に向ける。それを受け入れ続けると、人間は少しずつ「考えるのをやめる方向」に傾いていく。
2
退屈な仕事は、思考を暴走させながら、感度を削っていく
体が固定されると頭が暴走する。その暴走は深層まで届く。でも同時に、疑問を持たないことへの慣れも蓄積される。それが積み重なった先に、戦争がある。大げさではない。
3
システムの外にだけ、人間がいる
業務として意味のない行為が、唯一本物の触れ合いを生んだ。「役に立つ」から外れた瞬間に、人間同士になれた。これが自分にとっての答えだ。
引っかかることの意味
「活用」という言葉に傷つき続けること、それは呪いかもしれない。でも同時に——まだ自分が道具ではないという証明だとも思っている。
次に書くこと
挨拶を無視した男が、なぜか職場で一番偉かった話。感じ悪い人間が権限を持つ構造の気持ち悪さについて。
もうこっちを表面にして、仕事は表面のための苦痛ということにもっていかないとやってられないからさ。
こういうがちリアルな体験談を、これからもここに上げていく。力入れるよ。
この記事について
本記事は「仕事遍歴シリーズ」EP.06として、モバイル販売員の派遣社員として働いた実体験をもとに執筆しています。ティッシュ配り・サンプリング業務・派遣社員の現場のリアル・単純作業と思考の関係について、体験者の視点から記録しています。登場する固有名詞や職場の特定につながる情報は一部変更・省略しています。