昨日、人生で二度目のブログを始めた。「また始めた」ではなく、「二度目」だ。一度目との間には、コードによって404に消えたサイトと、登録者43人で幕を閉じたYouTubeチャンネルが横たわっている。この記事は、その二年間の全記録だ。
きっかけは、AIだ。予想以上にすごすぎた。
今年25歳になった。2023年前後からAIというものが盛り上がってきたころ、自分との関わりは比較的距離を置いていた。平均よりは少し触っているかな、というくらいだ。以前はボイスボックスの動画を作っていて、そこでAIに台本を書いてもらっていた。自転車旅の動画だった。
ただ、そこで気づいたことがある。「AI時代以前には、絶対に発信すらしなかったような自分みたいなやつが、突如として発信できる段階まで持っていけるようになった」ということだ。これが正直な所感だった。
今から書く一度目のブログの話は、これまでどこにも出したことがない。SNSにもカクヨムにも書いていない。この記事が初めての「発信」だ。
二年前、俺はニート大学留年生だった。ある日YouTubeで「ConoHaがよさげ」という情報を仕入れてきて、一万円以上するサーバーを契約した。何を発信するかより先に、サーバーを契約した。それくらい突発的な発射だった。
何を発信するか。当時、以上にはまっていたものがあった。洋楽だ。どれだけ聴いていたか、信じられないほどだったと記憶している。さいわいにも当時の動画が残っていて、その総再生数が198,054だった。
当時はAIをほんとうに触りたてで、AIに音楽のことを聞いてもまだまだ物足りない回答しか得られない時代だった。そんな中、「発信ジャンルを絞るといい」という当たり前の情報から、俺は音楽ブログを始めた。
GPT-4に課金した。当時はGPT-4一強の時代で、3.5が標準、課金するとGPT-4になった。記事の作り方はこうだ。
一記事あたりの制作フロー(二度手間)
AIに「TLCについてどんなアーティストで、どんなことで有名になって、代表曲のどこがすごくて新しかったのか詳細に教えて」とプロンプトを打つ
英語のソース元まで遡り、それをAIに読み込ませて事実確認する。英語はわからないから自分では確かめようがないが、この二度確認で精度はかなり上がった
AIの出力をそのままブログにするのではなく、自分の言葉で書き直す。AIの文章をそのまま使うことへの抵抗があった
これが二度手間だった。でも毎日やっていた。大学以外は一日7時間以上。留年中の大学生がやっていたことだ。
書いた記事は20〜30本にのぼった。TLC、KPOPの歴史、ケンドリック・ラマーの『To Pimp a Butterfly』——たいして聴いていないのに、話題性があるからという理由で持ってきたトピックもあった。
作業時間
7時間以上(ときたま大学に行く以外はほぼ毎日)
20〜30本
PV
1日100人弱。悪くなかった。
GPT-4(当時一強。課金すると使えた)
一ヶ月後、1日のPVが100人に届かないくらいになってきた。そこで俺は「もっとデザインをスタイリッシュでかっこいいものにしよう」と思った。AIにコードを書いてもらえば、プログラミングを一切齧っていない自分でも、本当にかっこいいデザインを実現できそうだった。
当時「プログラミングの仕事がいらなくなるんじゃないか」と冗談半分で言われていたころだ。実際AIにコードを書いてもらえば何でもできそうな雰囲気があった。支持されるがままにどこかコードを打ち込む画面に行き、ペーストした。
崩壊の再現
AIにデザイン改善のコードを書いてもらい、言われるがままにどこかの画面にペーストした。
404。
ConoHaにはログインできる。でもWordPressには入れない。サイト修復には1年分のサーバー代1万円以上かかるという。
断念した。そっからAIと距離を置いていた。ポイントカードの有無を毎回聞かれるたびに、過去に作らなかったことを後悔したくないから作らない人みたいに——俺はそれをAIに置き換えて、「絶対に月3000円も課金しない」と決めた。
サイトを失ってから、自転車動画を始めた。四国めたんを使って、隠し撮りみたいな映像に適当なテロップを乗せる形式だった。AIに台本を書かせて、動画を作る。そういう流れだった。
受けなかった。でもやめられなかった。親が部屋のドアを勝手に何回もあけてくるせいで、動画編集をしていることがバレていた。「今やっていることが自分のやりたいことなのだ、だから就活せずにすねをかじっているのだよ」という自己洗脳的な証明のために、続けていた部分がある。
受けない。でもときたますぐれた表現が出てきて、それは自分の言葉の引き出しにしまわれる。AIで作ったものはほとんど記憶に残らないのに、たまに出てくる「すぐれた表現」だけが残る。不思議な作業だった。
一週間で5〜6人が一気に登録してきた。これが毎日続くんじゃないかと思って、起きるのが楽しみになった週があった。
登録者43人。幕を閉じた。あの一週間の興奮の記憶だけが、やたら鮮明に残っている。
もうAIを使っても結局は遺伝子ゲーすぎて人生くだらなさすぎ、と思った。でも働き始めたことで、今回のブログのテーマが生まれることになる。
AIと距離を置いた二年間、本当に何も困らなかった。前は無理にでも使ってやろうという気概があったが、それから解放されてむしろせいせいした、と思っていた。
でも、また発信活動を再開したいと思うようになった。理由はごくありきたりなものだ。なんらかしらの方法で、企業につかない形でお金を得たい。無職で就活をしているときに、常々思っていたことだ。就活を続けるうちに、自然とAIを使うようになっていった。志望動機や採用担当へのメールを書くとき、AIが作用していった。それが功を奏してか、「まだいけるんじゃないか」と思い始めた。
俺は宇野常寛が結構好きで見ているのだが、その宇野がGPTの一万円プランに課金しているのを聞いた。
「今そんなんが出てきているのか。もう俺の人生終わったな」と思った。なにかわからないけど、絶対すごいじゃん、と。
「このままじゃ置いていかれる」という感覚が、静かに戻ってきていた。
転機は突然やってきた。父に「このパワポ、日本語にしてくれへん」と頼まれた。動画編集をしていることは部屋のドアを勝手に開けてくるせいでバレていたから、「AIとか使って動画編集しているやろ」という感じで頼まれたのだと思う。
最初はGPTでCanva上のスライドをいちいちコピペしながら翻訳していった。でも、ふとYouTubeで調べてみた。「スライドをそのまま一括で翻訳してくれるAI」があると、うっすら聞いたことがあった気がしたから。調べたらすぐに出てきた。自分が引きがいいのもある。それが——「Claude」だった。
出会いの瞬間
「しょぼAIって言われてたやつじゃないか」と思いながら、無料バージョンで30分〜1時間ほど試した。
カクヨムで書いてて非公開にしていた仕事の記録を貼り付けて「これでブログ記事を書いて」と言ってみた。
想像以上のクオリティのものが出てきた。マジでびびった。
もう課金することは決めた。こういうのは衝動なんだよ。検討する時間で今の一時の興奮を冷ましたくない。あの因縁のConoHaを、またAIが提案してきた。脳死でしたがった。
Claudeに課金する
衝動で決めた。こういうのはしょうどうなんだよ。検討する時間で今の一時の興奮をしずめたくない。
ConoHaを再契約する
あの因縁のConoHaを、またAIが提案してきた。脳死でしたがった。検討する気力もなかった。
WordPressを設定して記事を書く
追加CSSでデザインもしてもらった。コードで出てくるからノンプログラマーの自分はいじれない。口で指示して直させるしかない。でも勢いはついた。
全部書く
仕事の話、発信の失敗、AIとの格闘。きれいにまとめるつもりはない。全部ここに書く。
発信活動として今やっているのは、ブログだけだ。縦型のパワポは作った。琴葉葵の音声台本も書いた。でも投稿はまだしていない。それでいいと思っている。まず一個、ちゃんとやる。
サムネイルを作ろうとして、GeminiAIに「さめ性別(笑)」という謎テキストを生成され続けながら、なぜかCanvaの使い方だけ身についていった。うまくなったのではなく、「何がうまくないか」がわかるようになった。それが成長だと思っている。
発信活動の現在地。ブログだけしかやっていないこと、縦型パワポと音声台本だけ作って投稿していないこと。その正直な話。これはこれで別の話だ。
発信でお金を稼ぐというのは、今でも自分にとって異世界ファンタジーに近い感覚だ。でも二年前と違うのは、失敗の解像度が上がっていること。なぜ404が出たのかわかる。なぜ43人で止まったのかもわかる。わかった上で、また始めている。今この文章を、猛烈な勢いで書いている。なぜなら俺には、中途半端に頼りになるClaudeがいるからさ。