面談は2回あった。EP.21で書いた1回目は、まだソフトだった。
最終面談には、元アパレル店長出身のS氏が急遽 Google Meet に顔を出してきた。
長い説教があった。そして俺が「じゃあその方向で」と言った瞬間──声色が変わった。
派遣の最終面談。元アパレル店長の人事担当が登場して、「なんでまだ自分はこの段階なんだろう」と言われた日。
自分・メンター・S氏
変化 説教モード→威圧モード
「じゃあその方向で」の直後
確定 「案件はないですよ」
という脅しを受けて
前日の電話。
「もう一度、三人でお話ししたい。」
EP.21で書いた1回目の面談の翌日、電話がかかってきた。「もう一度、三人でお話ししたい。」
メンター担当からだった。「三人で」という言い方が引っかかった。1回目も三人だったのに、なぜわざわざ言い直すのか。構成が変わる予感がした。
翌日に向けての気持ちは、不安と覚悟が半々だった。「辞める」という結論はすでに出ていた。揺らがないと自分では分かっていた。怖いのは、その結論を正面からぶつけて言い切れるかどうかだった。俺はきっぱりと辞められる人間だ、と自分に言い聞かせながら眠った。
状況確認とソフトな引き留め。「3月まで頑張れないか」という雰囲気。
責任追及・論破の空気。「じゃあその方向で」を境に威圧へと変貌。
画面に顔が映った瞬間──
うわぁ、この人か。
Google Meet を開いた。顔出しありの会議だ。最初にメンターの顔が画面に映った。状況確認と今後どうするかという話から始まった。「一応、営業系で」と答えた。
途中で、別の顔が画面に映ってきた。
「すいません。ちょっと突然の同席だったので…いつから今の現場に入っていただいてるんですかね?」
うわぁ。この人か。
画面に映った顔を見た瞬間に分かった。いかにもアパレル上がりの人事担当という感じの人だった。少し派手目な印象があって、特定の界隈から慕われてそうなタイプ。S氏の背景は車内だった。移動中から急遽参加してきたらしかった。
「すいません」「突然」という下手な入り方をしながら、そのあとの展開はまったく下手ではなかった。
アパレルの店長を長く経験した後、派遣会社の人事担当に転身。通信の現場経験は、イベントで数日間ティッシュを配った程度だと後に自分で言っていた。
話し方の特徴:自分の経験を「絶対の基準」として長文で語る。「私はこうだった」を積み上げてから、「なんでだと思います?」と誘導するティーチング風の語り口。反論の隙を塞ぎながら早口でまくしたてる、画面越しにも伝わる圧迫感があった。
「迷惑かけてたな、
思い当たるところはありますか?」
S氏が最初に放ってきた質問がこれだ。
「この2ヶ月…お店の方に迷惑かけてたなとかって
思い当たるところとかあります?」
正直に答えた。「勝手に休憩に行ってしまったこと」「商品の場所を間違えてお客さんに案内したこと」。
休憩については弁明した。「前日は夕方まで忘れられていて、翌日に早めに来た際、手が空いていた同じ派遣会社のスタッフに確認して自分から行った」と説明した。
「なんで勝手に休憩いたん?」
「分からないから勝手な行動してほしくないってのがあって」
確認を取って行ったのに、それは「勝手」になった。言いたいことはあった。でも言えなかった。
指示系統を間違えたのは俺のミスだ。それは認める。でも前日に夕方まで忘れられていたことは誰も言及しなかった。俺が申告したミスだけが論点として静かに固定されていった。
画面の向こうでアパレルの武勇伝が始まった。
「3日しか行ってないくせに」と思っていた。
S氏が自分の話を始めた。アパレルの店長をやっていたこと。厳しい環境でいきなりティッシュを配ったこと。何も知らない現場で食らいついたこと。画面に映るS氏の顔は自信に満ちていた。こちらは聞くしかない。
アパレルってもっと厳しいのかもしれない。それは分かった。
でも──3日ならそりゃそうだろ。それが2ヶ月続いてみろ。
それに、今の俺の問題は「きつい環境に耐えられない」ことじゃない。誰も教えてくれず、成長につながらない。この時間が発信活動にも仕事にも結びついていかないという、もっと根本的なことだ。
「早く終わってほしい」と思い始めたのは、このアパレルの話が画面から流れ込んできたときだった。S氏は数日間のイベントでティッシュを配った体験と俺の2ヶ月を「同じ下積みだ」という前提で話していた。前提が、そもそも違う。
「まずそもそも
社会人レベルからじゃないってなっちゃうと思う。」
「自分が大丈夫だと思ってやってることって意外とまだ守れてなかったりすることもあったりするんですよね」
「何か思うことがあったとしても行動にそれが出ちゃってると…あ、教えるんやめようってなります」
「まずそもそも社会人レベルからじゃないってなっちゃうと思う」
「社会人レベルからじゃない」。
画面越しに、S氏の顔は冷静なままだった。「社会の常識」を諭すような、冷酷で厳しい事務的なトーン。ミスがあったのは本当だ。自分でも分かっている。だけど──
2日目から放置だったことも本当だ。「まだそんなこと教える段階じゃないでしょ」と言われたことも本当だ。別の会社の新人が3日で商談席にいたのに、俺が2ヶ月ティッシュを配り続けたことも本当だ。
その「本当」は、この面談で一度も出てこなかった。
「また同じことしてる。
前の仕事がどうだったかとかわかんないですけど。」
「また同じことしてるでわかんないです。
前の仕事がどうだったのかとかわかんないですけど」
「前の仕事を出してほしくない」と思った。理由がある。その仕事は、今もまだ続けているからだ。月に数回、副業として今も続けている。「また同じことをしている」は事実として間違いだ。でも言えなかった。
「わかんないですけど」という予防線を張られていて、何を言っても「でも結果は同じでしょ」という構造になっていた。
「最初はずっとそこに立つことになるよということを事前に言ってほしかった。それなら疑問が浮かばなかった。」
「これから自分がどういう形で商品を売っていくのかという、明確な仕事の中心的な業務を軽く教えて触れておきたかった。」
あの Google Meet の中で、俺が言えた一番まともな反論はこれだけだった。
「なんでまだ自分はこの段階なんだろうというのは、
あなた自身も考える必要があるのかなと思ってて。」
「なんでまだ自分はこの段階なんだろうとかいうのは
あなた自身も考える必要があるのかなって
私は思ってて」
現場の「教育不足・放置」という問題が、この一言で「自分の資質と行動の問題」へとすり替えられた。
俺は「はい」と言った。「そうですね」と言った。それ以外の言葉が出てこなかった。
そこへ、S氏が言った。
「派遣先から、次の契約更新はなしと通達が来ています。」
退職が、正式に確定した。
知らなかった。前日に通達が来ていたことを、この Google Meet の画面越しに初めて聞いた。
「え?そうなんだ。」
「じゃあ、なおさら辞めてやろう。絶対に引き留められてやるもんか。ここにいる意味がない。」
ショックではなかった。むしろ背中を押された感覚があった。
俺は聞いた。「3月末までできないなら、もう次の案件がないって言ってるんですか?」
そして言った。
この言葉を言った瞬間、画面の向こうのS氏の表情が変わった。
「じゃあその方向で」と言った瞬間、
声色が変わった。
それまでのS氏は「説教モード」だった。長文でまくしたて、「私はこうだった」という経験談を重ね、「あなたのため」という建前を維持したまま話し続けていた。
俺が「じゃあ、その方向で」と言った瞬間──
建前が、剥がれた。
説教モード(前半):張りがあり、感情を込めた「情熱」を演出する声。長文で畳みかけ、相手の思考を奪う。「あなたのため」という善意を装った支配。
威圧モード(後半):低く、凄みのある声。短く鋭い。「言うことを聞かない相手」への怒りが剥き出しになった、「なめるな」という支配者の口調。
| 項目 | 説教モード(前半) | 威圧モード(後半) |
|---|---|---|
| 口調 | 「あなたのため」という建前を維持した先輩風 | 建前が完全に剥がれた、支配者の口調 |
| 発言の長さ | 長文でまくし立て、相手の思考を奪う | 短く鋭い。拒絶を許さないトーン |
| 声質 | 張りがあり、情熱を演出している | 低く、凄みがある。相手を萎縮させる圧 |
| 内側の感情 | 「俺の言う通りに動く優等生に作り変えよう」 | 「言うことを聞かない者への怒りと報復」 |
S氏が言った。
「案件はないですよ。」
今後の仕事を一切回さない、という通告だ。「俺の言うことを聞かないなら未来を与えない」──報復として機能している発言だった。
俺はキャリアを人質に取られた。それでも答えは変わらなかった。
S氏は続けた。今度は「明日で終わりにしますか」という追い込みだ。選択肢を出しているように見せて、実際には逃げ道を塞いでいる。
「わかりました」と答えた。これで退職が確定した。
普通ならここで面談は終わる。でも終わらなかった。
S氏はさらに続けた。俺が「わかりました」と言ったとき、俺は「すいません」と頭を下げた。するとS氏が言った。
敬語の訂正だ。退職が確定した直後に、だ。
「すいません」と「申し訳ございません」の違いを、この場で、このタイミングで正す必要があるのか。これは単なるマナー指導ではない。退職を選んだ人間に「最後の一瞬まで俺に従え」という支配欲の表れだと思っている。
長時間の説教は、俺をコントロールするための「演技」だった。しかし俺が折れなかったことで、S氏の内面にある感情が、アパレル店長時代の振る舞いそのままに剥き出しになった。
説教も威圧も、どちらも支配欲に基づいた本気だった。道具が「言葉」から「凄み」に変わっただけだ。
続いて、S氏から手続きについての話が来た。
親切を装った呪いだ。「俺の指示通りに動かないと、どこへ行っても詰むぞ」という威圧の最後の一手だった。
そこで、ずっと黙っていたメンターが口を開いた。2ヶ月ちょっとお世話になった担当者だ。S氏の威圧が一段落したのを見計らって、静かに言った。
S氏の凄みとは全然違うトーンだった。本当に心配しているような、柔らかい声だったと思う。
でもそのとき俺は、もうどちらの言葉も同じ場所から来ているように聞こえていた。
「やりたいこと叶えてあげたい」から始まった面談は、
「案件はないですよ」という脅しを経て、
「あなたの今後が心配」で締めくくられた。
威圧が収まった後──
「なぜ大学に5年通ったのか?」
威圧モードが一段落した後、最後の一言が来た。
「残り1ヶ月(3月末まで)の契約期間を全うするように」とも言われた。退職に伴う事務的な手続きについては、一切の話がなかった。説教と威圧だけで終わった面談だった。
そして、締めに来た一言がこれだ。
「学生時代とかも5年間ぐらい大学行ってたんかな?
なんかそれはなんでとかあります?」
頭が、真っ白になった。
パニックだった。大学に5年通ったことには、理由がある。でもその理由は、会社の退職面談で言える話じゃなかった。正直に答えられる言葉が、なかった。
「自分の進路に迷ったこともあって」とだけ言った。画面の向こうのS氏の表情は微妙だった。でも深追いはされなかった。
あの質問の意図は、今でも分かる。「過去の行いを見れば、今もそういうわけの分からない行動をとるのか」という戒めを、自分自身にさせるためだった。そういうことだと思っている。
退職の面談は、
大学に5年通った理由を
聞かれることで終わった。
画面が閉じた後、
しばらく震えていた。
Google Meet の画面を閉じた。静かになった。
最初にやったのは、ご飯を食べることだった。
しばらく震えていた。怒りだったのか、緊張の反動だったのか、今でもよく分からない。でも震えていた。「言ってやったぞ」とも思っていた。
完全に押し込まれた面談だった。でも最後まで「辞める」という結論は変えなかった。それだけは、言い切った。誰かに連絡しようとした。でも、できなかった。結局、退職の報告を口にしたのは、最終勤務日の夜だった。
怒り──現場の放置問題を棚に上げられ、全てを自分の未熟さのせいにされて終わった。
安堵──これでやっと辞められる。
震え──「やりたいこと叶えてあげたい」と言っていた人間の声が、「案件はないですよ」に変わった。その切り替えの速さが、耳に残っていた。
「言ってやったぞ」──押し込まれたまま終わったけれど、辞めることは言い切った。
最終面談の全体像
| 面談前日 | メンターから電話で「もう一度、三人でお話ししたい」と連絡あり |
|---|---|
| 面談の形式 | Google Meet(顔出しあり・ビデオ会議) |
| 所要時間 | 推定30〜60分 |
| 参加者 | 自分・メンター・S氏(HR担当・元アパレル店長出身) |
| S氏の参加状況 | 車移動中から急遽 Google Meet に顔を出してきた。背景は車内。 |
| 面談の転換点 | 俺が「じゃあその方向で」と言った瞬間、S氏の声色が変化。説教モード→威圧モードへ。 |
| S氏の主な発言(説教) | 「まずそもそも社会人レベルからじゃないってなっちゃうと思う」 「なんでまだ自分はこの段階なんだろうというのはあなた自身も考える必要がある」 |
| S氏の主な発言(威圧) | 「案件はないですよ。ご紹介できないっていう話昨日できなかったですか?」 「すいませんじゃないです。申し訳ございませんです」 「手続きとかもちゃんとも々やらないと次のとこ行けなくなっちゃうんで」 「あなたの今後が心配っていうのが一番も強い」 |
| 退職の通達 | 派遣先から前日に「次の契約更新はなし」と通達済み。Google Meet で初めて知った。 |
| 最終の質問 | 「学生時代とかも5年間ぐらい大学行ってたんかな?なんかそれはなんでとかあります?」→パニック |
| 退職手続きの話 | なし。退職届・保険・給与精算は一切触れられなかった。 |
| 面談直後 | ご飯を食べた。しばらく震えていた。「言ってやったぞ」と思った。 |
| 退職の報告 | 当日は誰にも言えず。最終勤務日の夜に親・おばあちゃんに報告した。 |
「いつか、見返す。」
2ヶ月間ティッシュを配った。13時20分に「更新しません」と送った。1回目の Google Meet で「社会人として我慢すべき」と言われた。最終面談では、元アパレル店長出身のHR担当が画面に顔を出してきて、長い説教の後に「じゃあその方向で」という言葉を聞いた瞬間、声色が変わった。
「案件はないですよ」と脅された。「なぜ大学に5年通ったのか」を聞かれてパニックになった。退職の手続きの話は一切なく、面談は終わった。
S氏が言ったことのすべてが間違いだとは思っていない。指示系統を間違えたのは俺のミスだ。行動に感情が出ていたことも否定はしない。自分に至らなかった部分は、確かにあった。
でも。
2日目から放置だったことも事実だ。「まだそんなこと教える段階じゃないでしょ」と言われたことも事実だ。別の会社の新人が3日で商談席にいたのに、俺が2ヶ月ティッシュを配り続けたことも事実だ。
それらの事実は、最終面談で一度も俎上に載らなかった。「会社側の問題」は「個人の資質の問題」へと静かにすり替えられた。そして俺が退職を選んだ瞬間に、「やりたいこと叶えてあげたい」という言葉は「案件はないですよ」に変わった。
画面を閉じた後、震えながらご飯を食べた。「言ってやったぞ」と思っていた。
そしてもう一つ、思っていたことがある。
いつか、見返す。この一年で俺は大きく成長して、見返すような人間になる。
それが、あの Google Meet から俺が持ち帰った、唯一の結論だった。
EP.22 ── モバイル販売員篇③「最終面談」 完結