IT系の仕事に就くはずだった。なぜ俺は家電量販店でティッシュを配っているのか。

IT系の仕事に就くはずだった。なぜ俺は家電量販店でティッシュを配っているのか。|LUCID LOG

労働記録 EP.10 仕事遍歴シリーズ

IT系の仕事に就くはずだった。
なぜ俺は家電量販店でティッシュを配っているのか。

派遣社員になるまでの、顔合わせ3連敗の記録。

おばあちゃんに言ったことがある。
「パソコン使ったちゃんとした仕事、するからね」
——自信があった。
警備の仕事を辞めて、次はIT系で働く。未経験だけど、スキルを積んで、目に見える武器を手に入れる。
そのひとつのチャンスさえもらえたら、ちゃんと頑張る。
本気でそう思っていた。

その男は今、家電量販店の売り場に立って「いらっしゃいませ」と叫んでいる。

3社
顔合わせに行った数
0円
働くまでに出た交通費
1言葉
いまだに喉に残っている
01

IT系の仕事がしたかった——だけど「下積み」があると言われた

2025年の12月。
もう一年も終わりかという寒い時期だった。
大分への移住なんて、まだ頭の片隅にもなかった。

俺はある人材派遣会社の求人に応募した。
IT系の仕事がしたかった。前職は警備業。振り幅は大きい。
でも、新しい目に見えるスキルがほしかった。
パソコンを使って、ちゃんとした仕事ができる人間になりたかった。
そのためなら努力するつもりだった。

面接は2回あった。全部オンライン。
そこで言われた。

採用面接 / オンラインにて

「いきなりIT系で働くのは難しいです。まずはコミュニケーションとか、何が求められているかを現場で学ぶ必要があります。下積みの期間がありますが、人によって長さは違います」

下積み。
その言葉の意味を、俺はまだ正確には理解していなかった。

IT系の仕事に就くための準備期間。そう解釈した。
接客を通じて対人スキルを磨く、みたいな話なのだろうと。
多少の遠回りがあっても、最終的にパソコンの前に座れるなら、飲み込める。
少し不安になりながら、なかば投げやりに、その企業に入ることを決めた。

この章の結論

新しいスキルがほしかった。
そのひとつのチャンスをくれたら頑張る、と本気で思っていた。
「下積み」がどこに連れていくかは、まだ知らなかった。

02

派遣会社との初顔合わせ——メンターとの出会い、そして交通費は出ない

入社が決まって、派遣会社の事務所に初めて行った日のことだ。
そこで初めて「メンター」と呼ばれる担当者と会った。

メンターとは

派遣会社の中で自分の担当についてくれる人間のこと。
派遣先との顔合わせに同行し、勤務が始まったあとも定期的に連絡を取る。
俺と派遣先の間に立つ存在、ということになっている。

初対面の印象を正直に書く。
名前を間違えられた。
事務所は綺麗だったが小さかった。若い人が多いなと思った。
30歳くらいのメンターは、柔らかい口調でいろいろ説明してくれた。

この時点では、不信感はまだなかった。

ただし、この事務所に来るまでの交通費は出なかった。
採用が決まったあとの初回面談。それでも自腹だった。
交通費が出るようになるのは、実際に派遣先で働き始めてからだ。
つまり、働くまでのすべての移動——面接も、事務所への訪問も、このあとの顔合わせも——
全部自腹ということになる。

この章の結論

面接も、事務所訪問も、このあとの顔合わせも、
働き始めるまで交通費は一切出ない。
その前提を頭に入れて、ここから先を読んでほしい。

03

「顔合わせ」という制度について——法律で禁止されている面接が、なぜ行われるのか

ここで「顔合わせ」という制度について説明しておく。

派遣社員が派遣先で働く前に、派遣先の担当者と会う場が設定される。
これを業界では「顔合わせ」とか「職場見学」と呼ぶ。

本来、これは面接ではない。

労働者派遣法 第26条

派遣先企業が派遣社員を選考目的で面接することは、
原則として法律で禁止されている。
派遣社員を雇用しているのは派遣会社であって、派遣先ではない。
派遣先には、来る人間を選ぶ権利がない。法律上は。

でも現実はどうか。
強みは何かと聞かれ、大学時代の話を聞かれ、「やっていけそうか」と値踏みされる。
名前が「顔合わせ」に変わっただけで、中身はがっちり面接だ。

そしてその面接に行くための交通費は、出ない。
落ちても、受かっても。

この章の結論

法律で禁止されている面接を、交通費も出さずにやらされる。
それが派遣の「顔合わせ」の実態だ。

04

1社目——かっちかちの面接と、喉に残る一言

1社目の顔合わせに行った。
メンターが横に座っていた。向かいには派遣先の担当者。

かっちかちの面接だった。

「どういう仕事をしてきましたか」
「強みは何ですか」
「この仕事でやっていけそうですか」
「大学時代は何をやっていたんですか」
——全部聞かれた。就活の面接と何が違うのか分からなかった。

俺はかみまくった。
聞いていた話と違う。「顔合わせ」と聞いていたから、軽い自己紹介程度だと思っていた。
顔合わせは1時間近く続いた。

結果はすぐに出た。
翌日だったか、もっと早かったか。
メンターから連絡が来た。
不採用。

メンター / 電話にて

「○○さんが売り場に立っているところが、想像できなかったそうです」

想像できなかった。
俺という人間を見て、この売り場には合わないと判断された。
法律で禁止されているはずの選考を、がっちりやられた上で、落とされた。

母に話した。

母の反応

「その企業大丈夫? 交通費も払わないで、1時間近い面接させて、それで落とすの?」

正論だと思った。
でも俺は、自分が伝えきれなかったことの方がまず悔しくて、そこまでは飲み込んだ。

ただ、ここで確実に、派遣会社に対する不信感が生まれた。

1社目の顔合わせ──整理

所要時間:約1時間 交通費:なし 質問内容:職歴・強み・大学時代 結果:不採用 実態:面接そのもの
05

2社目と3社目——中1日で連続、そして即決

1社目に落ちた直後、2社目と3社目の顔合わせが中1日だけ空けて連続で入った。
どちらも自宅からそれなりに遠い。
どちらも交通費は出ない。

2社目

自宅から45分 / 交通費なし

俺が働きたかった方

こじんまりしたショップ。
がつがつしていない空気。

面談した担当者が最初に言ってくれた——

「自分も話すの苦手なんで」

「働いてみないと分からないところも多いじゃないですか」

3社目

自宅から50分 / 交通費なし / 2日後

結局入ることになった方

今度は会社で面談。
ちゃんとした企業に見えた。
たいしたことは聞かれなかった。

ただし、はっきり言われた——

「声出しとか、サンプリングとか、きついこともありますけど大丈夫ですか」

「いけます」と答えた。
その瞬間、即採用。
2社目の結果を待たず、決定された。

2社目のあの場所で働きたかった。
「話すの苦手です」と言ってくれた人のいる場所で。
でもそれは叶わなかった。

この章の結論

交通費なしで3社回って、働きたい方には行けず、
きついと事前に宣言された方に即決で送り込まれた。

06

メンターのLINE——俺はそっちで働きたかったんだよ

2社目のことがまだ気になっていた。
あっちで働きたかった。
結果はどうなったのか。メンターに聞いた。

メンター / LINEにて

「そもそも8日中にもらえる話なので、期日守れないクライアントは危ないと思います。」

いや、そうじゃない。

俺はそっちで働きたかったんだ。
期日がどうとかじゃなくて、あの場所で働きたかったんだよ。
事前にきついと言われた3社目を、自分から選ぶ理由がどこにある。

でもメンターはもう、3社目に俺を送り込む気だった。
なんとかして派遣させたい。そういう温度だった。
「人の入れ替わりが激しい現場です」とも言われていた。
正直だなとは思った。思ったけど、
その正直さは俺のためじゃなかった。
入れ替わりが激しいから人がすぐ必要で、だから俺を突っ込みたかっただけだ。

あと、ずっと言われ続けたこともある。
「笑顔が大事ですよ」「やめるのはよくないですよ」。何回も。
接客に向いてなさそうな俺を、なぜこんな仕事で下積みさせるのか。
もうちょっとパソコンを使った何かがあるんじゃないか。
それが下積みならまだいいのに。

でも——メンターのことを、
全部嫌いにはなれなかった。

あの日は寒かった。12月の空気だった。
顔合わせの帰りだったか、面談のあとだったか。
メンターが俺の唇を見て「乾燥してるよ」と言って、温かいお茶をおごってくれた。

「○○さんのこと、結構好きなんですよ」

30歳くらいの、若いメンターが言ってくれた。
嬉しかった。やっぱり。

だからこそ厄介なんだ。
全部が悪意なら切り捨てられる。
でもこういう人間くさい瞬間が混ざっているから、
不信感と感謝がねじれたまま、ずっと喉に引っかかっている。

この章の結論

全部が悪意なら楽だった。
温かいお茶と不信感が同居しているから、ずっと整理できない。

07

入って、放置された——そして種がまかれた

結局、3社目に入った。
そして、また別の絶望が待っていた。

仕事が与えられない。教育されない。
空虚のまま放置された。
何をすればいいのか分からない時間が、売り場の上に降り積もっていく。

ここから先は、すでに書いてきた通りだ。
ティッシュ配り。声出し。アクセサリーコーナー。トランシーバー男。8時間のループ。
あの労働記録のすべてが、ここから始まった。

スキルを積むために入った。
チャンスをもらえたら頑張ると思っていた。
その最初の一歩で、つまずいた。

でも——種はまかれていた。

いや、もうこの時点でまかれていたのかもしれない。
この不信感、この違和感、この「聞いていた話と違う」という怒り。
全部が発信の燃料になった。
俺がこうやって文章を書いている理由の、いちばん最初の火種が、ここにある。

働き始めるまでに出た交通費──総整理

オンライン面接×2

0円

派遣会社 初訪問

自腹

1社目 顔合わせ

自腹

2社目 顔合わせ

自腹

3社目 顔合わせ

自腹

交通費が支給されたのは、派遣先で勤務を開始した日以降。
それまでに費やした移動——面接2回、事務所訪問、顔合わせ3回——すべて自腹だった。

CONCLUSION

おばあちゃん、まだ嘘にはなっていない

パソコンを使ったちゃんとした仕事。
あの言葉は、嘘になっただろうか。

家電量販店でティッシュを配りながら、俺はパソコンの前には座れていない。
IT系のスキルはまだ手に入っていない。
下積みの出口はまだ見えない。

でも、こうやって書いている。

この記事を書いているのはパソコンだ。
自分の言葉で、自分の経験を、自分の名前で発信している。
誰にも指示されていない。顔合わせでもない。面接でもない。

これは仕事じゃないかもしれない。
でも、おばあちゃんに言った「パソコンを使ったちゃんとした仕事」に、
いちばん近い場所に俺はいるのかもしれない。

まだ嘘にはなっていない。
なっていないと思いたい。

1

「顔合わせ」は面接だった

法律で禁止されている選考が、名前を変えて堂々と行われている。
交通費も出ない。
落とされても、何も返ってこない。

2

不信感と感謝はねじれたまま残る

温かいお茶をおごってくれた人が、きつい現場に送り込んだ人でもある。
全部が悪意なら、楽だったのに。

3

種はここでまかれた

おばあちゃんに言った言葉は、まだ嘘になっていない。
こうやって書いていること自体が、その証明だ。

次に書くこと

1社目の顔合わせを、もっと深く掘る。
あのかっちかちの面接で何が起きたのか。
どんな空気で、何を聞かれ、何を答えられなかったのか。
もっと細かく、もっと詳しく。

こういうがちリアルな体験談を、これからもここに上げていく。
力入れるよ。

「IT系の仕事に就くはずだった。なぜ俺は家電量販店でティッシュを配っているのか。」への1件のフィードバック

コメントする