労働記録 EP.12 仕事遍歴シリーズ
ずっとここに立ってたら、
おかしくなりますよ。
家電量販店のモバイル販売コーナー。
派遣社員が業務中に書き殴ったメモを、そのまま公開する。
家電量販店のモバイル販売コーナーで派遣社員として働いていた数ヶ月間、
業務中にスマホのメモ帳へ書き殴っていたものを、ほぼそのまま出す。
文脈がないものもある。意味が分からないものもある。
それが、あの現場だった。
最終勤務日、違うキャリアの人が言った。
背が高くて、30歳くらいの人だった。
「ずっとここに立ってたら、おかしくなりますよ。」
俺はすかさずメモを取った。
トランシーバーは思考を圏外にする。
接客業のトップが、直接言いに来ない。
この現場では、指示がすべてトランシーバーで飛んでくる。
目の前にいるのに、直接言わない。
イヤホンから突然声が入り、思考が中断される。
直接言ってこずにトランシーバーで。
接客業のトップがそれ?
冗談に聞こえない声で「礼は?」と言い、
こちらが謝ったら「冗談だ」と返す。
この手のコミュニケーションが、トランシーバー越しに飛んでくる。
表情が見えない。声のトーンだけが残る。
受け手は毎回、本気か冗談か判断しなければならない。
しかもこのやりとりは、周囲のスタッフ全員に筒抜けだ。
トランシーバーは思考を圏外にする。
これは比喩ではなく、メモにそう書いてあった。
業務中、スマホが使えない。
聞かれたことを、調べることができない。
USB PD。対応電力。低速充電。ケーブルの種類。
客に聞かれる。
調べられない。
業務中のスマホ持ち込みは禁止されている。
つまり、聞かれたことに対して検索ができない。
ただ、聞きに行くしかない。
他のキャリアはスマホを使える。
こちらだけが使えない。
同じフロアで、同じ客に対応しているのに。
スマホを売っている人間が、スマホを使えない。
そもそもソケットとは?
昭和のニオイはつまるところ伝統の感じ。
電気屋ならではの「電気」。あくまで最新だけども、スマホだタブレットだで押さえておくべき点がある。
ここにある矛盾を、誰も矛盾と思っていない。
休憩という名の指示待ち。
15分で、カップラーメンをくらう人間がいる。
休憩時間は、シフト表に自分で書いてから行く。
ただし、俺の場合は上からの指示があるまで行けない。
休憩時間の指定もできやしないし、勝手に書くのありなの?
ものすごくおかしいと思いますがね。
そして休憩室では、
15分の休憩でカップラーメンをくらうやつがいる。
せめてパンにしとけと思う気もするが、
あの蒸気と匂いの中で15分を使い切る判断力に、もう何も言えない。
真顔でスマホを見ながらラーメンをすすることができれば、
家電量販店で働く資格があるってことだろうな。
現場の空気、現場のにおい。
ルールを一回聞いただけで、責められた。
二日目。エレベーターで一番上の立場の人間に無視された。
ルールを一回聞いただけで責められた。
服を着替えるところを見られ、
「シャツ爆発してる」と笑われた。
プラカードを振る人が二人。
自然と持つ手が下がる。
粗悪な油のにおいをまき散らかすのは漏らす違反じゃないのか?
遅延でも理不尽に勤務時間が延びる。
でも怒りの矛先を遅延を発生させた対象物に向かってもしょうがないだろうよ。
勤務時間延ばすクソ上司許さん。ずっと胃がキリキリ。
この仕事がいかに地獄かを語る空気感がない。
語る余裕すらない。
それが空気感の正体だった。
脳の容量が、仕事に持っていかれる。
通勤中はパソコンも触れない。今ある発信の最高の熱量を冷ます。
メリトクラシー全盛の社会で、脳の容量が仕事にほとんど持っていかれている。
通勤中はパソコンも触れない。
今ある発信の最高の熱量を冷ます。
もうまっきの症状も見られる。
感情の二面性を持たせるまぶたに、労働していくうちに自然となってしまう。
社会人になると個性を少し変える間もないんじゃ?
おでこのところに血が書き出されていた。
それが労働だった。 ── 業務中メモより再構成
ある社員、一年半。
あのそっけなさは、なんだろうな。
今日教えてくれたある社員は、一年半いたらしい。
かなり慣れた感じ。
あのそっけなさはなんだろうな。
何を考えているかは分からないが、
あれで世間の役に立っていると考えているとしたら爆笑。
田舎のモールは裏切らない。
この一文の意味は、自分でもよく分からない。
でもあの時、確かにそう書いた。
意味不明なメモたち。
あの現場で、俺の頭の中で起きていたことの全記録。
以下は、分類できなかったメモをそのまま並べる。
文脈はない。編集もしていない。
あの現場で、あの精神状態で、親指がスマホに叩きつけた文字列がこれだ。
意味不明だと思うだろう。
俺もそう思う。
でもこれが、あの売り場に立っている間の脳内だった。
整理する余裕がないから、意味不明なまま残る。
むしろこの意味不明さこそが、あの現場の正確な記録だと思っている。
数字で見る、この業界。
家電量販店の携帯販売員を取り巻く労働環境。
3人に1人が3年以内に辞める。
家電量販店に絞れば、2人に1人に近い。
この数字を見て「きつい仕事だから」で片付けるのは簡単だ。
でも実際に立っていた人間としては、
「きつい」の一言では足りない。
脳の容量が持っていかれ、思考が圏外になり、意味不明なメモだけが残る。
それがこの業界のリアルだった。
もうおわりだよ。
これが、家電量販店のモバイル販売コーナーで
派遣社員として働いていた間に書いたメモの全部だ。
体験談というには断片的すぎる。
記事というには未整理すぎる。
でも、これが一番正確だと思う。
求人サイトには「未経験歓迎」「研修あり」「やりがいのある仕事」と書いてある。
全部嘘ではない。
でも、あの売り場に立った人間の頭の中は、こうだった。
背が高くて、30歳くらいの人だった。
「ずっとここに立ってたら、おかしくなりますよ。」
俺はすかさずメモを取った。
そしてこの記事を書いた。
労働記録シリーズ、EP.01からEP.12まで。
ここまで読んでくれた人がいるなら、ありがとう。
もうおわりだよ。
語る余裕すらない。それが答えだった。 ── 労働記録 EP.12 完