「背の高い人が上に立つ」は
気のせいじゃなかった。
俺は24歳で、身長は169cm。
日本人の20代男性の平均が約171〜172cm(厚生労働省)だから、同世代の中でもやや低い側にいる。
万引きGメンの現場とモバイル販売の現場。2つのまったく違う職場を経験して、ずっと感じていたことがある。
上に立っている人は、背が高い。
ナンバー2は、そこまでじゃない。
気のせいかと思った。だから数えてみた。
感じた店長の数
揃ったライン
俺とほぼ同じ目線。
万引きGメンの現場。
挨拶するたびに、見上げていた。
万引きGメンの仕事は、現場に入る前に店長へ挨拶することから始まる。
「日々の万引きGメンさせていただきます。よろしくお願いします。」
頭を下げて、顔を上げる。
そのとき目線は──少し、上を向いている。
毎回そうだった。何店舗回っても、挨拶のたびに俺は見上げていた。
店長はだいたい178cm後半で、40代が多い。俺との差は約10cm。「この人、背が高いな」と口に出さなくても身体が勝手に認識する距離だ。
何人見てそう感じたか。記憶を辿って数えた。
うち170cm後半以上:5人
うち180cm超:2人
7人中5人が170cm後半以上。180cmを超える人が2人。
これが「気のせい」で片づけられるのか、正直わからなくなった。
そして、俺が所属する警備会社の社長。
年齢差だけじゃなく、物理的にも「上」を向いている。
それが毎日だった。 ── 万引きGメンの現場にて
モバイル販売の現場。
上から降りてくる人間は、全員デカかった。
もう一つの職場、家電量販店のモバイル販売。こっちのほうが階層がはっきりしていて、身長の差が露骨に見えた。
先にこの職場のヒエラルキーを整理しておく。
❶ 常務 ── たまに降りてくる「売らない人」
❷ クライアント ── 俺と顔合わせした、一番の偉いさん
❸ 店長 ── インカムで「巡回中です」と告げられる人
❹ トランシーバー男 ── ナンバー2。現場を仕切るサブ
❺ 俺たち ── 売り場に立っている24歳の派遣
❶から順に見ていく。
常務。スーツの質が、違う。
スーツの生地が違う。歩き方が違う。売り場の人間じゃない。何も買わないし、何も売らない。ただ歩いている。なのに、すれ違うだけで空気の密度が変わる。
50代ぐらい。背は──178cm前後。
あとで隣の先輩がぼそっと言った。「あれ、常務。」
24歳の末端派遣が見上げた角度。あれがそのまま、この職場のヒエラルキーの角度だった。
クライアント。立ち上がった瞬間、「デカい」と思った。
挨拶して、相手が立ち上がる。
その瞬間──「デカい。」
約178cm。40代前半。
万引きGメンの現場で会う店長たちと同じぐらいの高さだ。まったく違う業種の、まったく違う会社の、一番偉い人が──同じ身長帯にいる。
この時点ではまだ「偶然だろ」と思っていた。
店長。インカムが鳴ると、空気が変わる。
「今、店長が巡回中です。」
全員の姿勢が少し変わる。声のトーンが半音上がる。
現れたのは白髪交じりの眼鏡の男。約172cm。40代後半。
日本人男性の平均とほぼ同じ身長。でもインカムで名前が飛ぶ人間は、同じ身長でも違う生き物に見える。
ただ──常務やクライアントと並べたとき、この人の身長は一段、低い。
ナンバー2。
こいつだけ、見上げなかった。
トップは背が高い。常務もクライアントも。店長も平均以上。
なら、ナンバー2はどうか。
40代前半。クライアントとほぼ同い年。
だが身長は──170cm前半。
俺が169cm。こいつとすれ違うとき、目線がほぼ同じだった。
クライアントのときは見上げた。常務のときも見上げた。店長のときも、少し見上げた。
この男のときだけ、見上げなかった。
同じ40代前半。片方が178cm、もう片方が170cm前半。
立場はトップとナンバー2。身長差は約8cm。
能力とか実績とか関係なく──すれ違った瞬間の身体感覚として、この8cmがヒエラルキーの「段差」に感じた。
常務のときも見上げた。
店長のときも、少し見上げた。
トランシーバー男のときだけ、
見上げなかった。 ── その差がヒエラルキーの段差に見えた
全員を、身長順に並べる。
2つの職場で出会った「上の人」を、全員並べてみる。
トップ層は全員172cm以上。常務・クライアント・Gメン現場の店長たちは178cm前後で横並び。警備会社の社長も176cm。
トランシーバー男だけが170cm前半で、ガクッと落ちる。そして俺(169cm)とほぼ同じ位置にいる。
172cmと170cm前半の間に、見えない段差がある。
この段差が、そのままヒエラルキーの切れ目に見える。
2つの職場を横に並べる。
パターンが、同じだ。
- 店長:178cm後半(40代・7人中5人が170後半以上)
- 警備会社の社長:約176cm(40代後半)
- 俺(24歳):169cm → 毎回見上げる
- 常務:178cm前後(50代)
- クライアント:約178cm(40代前半)
- 店長:約172cm(40代後半)
- トランシーバー男:170cm前半(40代前半)
万引き防止と携帯販売。業種としては何の接点もない。なのに「トップは178cm前後、ナンバー2は170cm前半」という構図がまったく同じだった。
しかもこれ、俺が意識的に探したんじゃない。毎日の挨拶とインカムの中で、24歳の身体に勝手に刷り込まれていた。
まったく違う職場のトップが、
同じ身長帯にいる。
探したんじゃない。勝手に、身体がそう感じていた。 ── 2つの現場を並べてみて
ちなみに、研究も
同じことを言っていた。
ここまで全部、俺の体感だ。
ただ、「本当に気のせいなのか?」が気になって調べた。同じ傾向を指摘する研究が見つかった。
あくまで補足。この記事の主役は論文じゃなく、俺が見上げ続けた感覚のほうだ。
── Gladwell (2005) Blink, Ch.3 / APA Monitor
── Judge & Cable (2004) J. of Applied Psychology, 89(3). 原文
── Blaker et al. (2013) Group Processes & Intergroup Relations, 16(1). 原文
── Stulp et al. (2015) PLOS ONE, 10(2). 原文(無料)
── 田中 (2010) 慶應義塾大学 DP2009-010. PDF
どの研究も「背が高い=有能」とは言っていない。言っているのは「背が高い人がリーダーに見えやすい」という無意識のバイアスだ。俺の体感と、研究の結論が同じ方向を向いていた。
もちろん、例外はある。
ジャック・ウェルチ(元GE CEO)は約170cm。ザッカーバーグも約170cm。背が低くてもトップに立った人間はいくらでもいる。
俺のサンプルは2つの職場、合計10人にも満たない。万引きGメンは挨拶の場面だけ。クライアントは顔合わせで1回。常務はすれ違っただけ。統計的に有意なんて口が裂けても言えない。
24歳が2つの職場で見たものなんて、世の中のサンプルとしちゃ小さすぎる。わかっている。わかった上で書いている。
24歳・169cmの俺が2つの現場で見た光景を、そのまま書いた。調べたら同じ傾向を示す研究が5本あった。それだけの話だ。
169cmの、24歳が思うこと。
万引きGメンの現場で店長に挨拶するとき、見上げる。
警備会社の社長と話すとき、見上げる。
モバイル販売のクライアントと顔合わせしたとき、見上げた。
常務とすれ違ったとき、見上げた。
トランシーバー男のときだけ、見上げなかった。
「上の人と話す=物理的に上を向く」が毎日繰り返されると、それが無意識のヒエラルキーになっていく。178cmだから店長になれたわけじゃない。そんなことはわかっている。でも身体は理屈より先に感じる。
ふと、今日会った「上の人」を全員思い出してみる。
店長。社長。クライアント。常務。
全員、俺より背が高かった。
じゃあトランシーバー男は?
──あいつだけ、目線が同じだった。
24歳がこんなことを帰り道に考えていること自体、どうかしている気もする。でも一度気づいてしまうと、もう気づかなかったことにはできない。
心理的に見上げること。
それは、たぶん地続きにある。
一度気づいてしまうと、
もう気づかなかったことにはできない。 ── 24歳・169cmの体感
- Gladwell, M. (2005). Blink. Little, Brown and Company. Ch.3.
- Judge, T. A. & Cable, D. M. (2004). J. of Applied Psychology, 89(3), 428–441. APA PsycNet
- Blaker, N. M. et al. (2013). Group Processes & Intergroup Relations, 16(1), 17–27. SAGE
- Stulp, G. et al. (2015). PLOS ONE, 10(2), e0117860. PLOS ONE
- 田中賢久 (2010). 慶應義塾大学 DP2009-010. PDF
- 厚生労働省 (2020). 令和元年 国民健康・栄養調査報告. PDF
- APA (2004). “Standing tall pays off, study finds.” APA Monitor
万引きGメンの現場。挨拶した店長は7人中5人が170cm後半以上、2人が180cm超。警備会社の社長は約176cm。
モバイル販売の現場。常務は178cm前後。クライアントは約178cm。店長は約172cm。ナンバー2のトランシーバー男は170cm前半。
トップとナンバー2の間に、約8cmの段差がある。
2つの職場、10人にも満たない観測。24歳が見た景色。証明にはならない。
でも、「背の高い人が上に立つ」は、気のせいじゃなかった。
この記事の本体は論文じゃない。
24歳・169cmの俺が、2つの現場で見上げ続けた、あの感覚だ。
「背の高い人が上に立つ」は気のせいじゃなかった。
── 2つの現場で体感した身長とヒエラルキーの話。
EP.15