仕事を辞めて1ヶ月、何もしていない。24歳無職の日常と、頭の中で鳴っている声。

LUCID LOG — EP.23
仕事を辞めて1ヶ月、
何もしていない。
24歳無職の日常と、
頭の中で鳴っている声。
2026.04.04|読了 19 min|退職後|無職 1ヶ月|20代|日常記録
¥0月収
+1h睡眠時間の変化
¥50KDaVinci Resolve 購入
14日解放感の賞味期限
Prologue

辞めた。それだけが事実だ。

携帯販売員を2ヶ月で辞めた。2月末に「更新しません」とメールを打った日のことは前に書いた。あれから1ヶ月が過ぎた。

この1ヶ月、何をしていたかと聞かれたら、
正直に答える。

何もしていない。

正確に言えば「何か」はしていた。でも胸を張って
「これをやっていました」と言えるようなことは、ほぼない。DaVinci Resolveを5万円で買い切ったこと、ブログの記事を数本書いたこと、パソコンが壊れて無償修理に出したこと。
──履歴書に書ける項目はゼロだ。

「仕事辞めて1ヶ月 何もしてない」で検索すると、
出てくるのは二種類の記事だ。
ひとつは「退職後1ヶ月何もせず過ごしたら心が回復しました」という美談。もうひとつは「無職期間の焦りを解消する5つの方法」という対処法。

どっちも読んだ。どっちも俺の話じゃなかった。

心は回復していないし、焦りを解消する方法も
見つかっていない。ただ、1ヶ月が過ぎた。
過ぎたということだけが事実で、その事実の中身を記録するのがこの記事だ


Section 01

解放感は、たしかにあった。

申し訳なさと一緒に。

辞めた直後、最初に来たのは解放感だった。EP.20にも書いた通り、あの蛍光灯の下に立ち続ける日々から抜け出した感覚は本物だった。

ただ、それと同時に、申し訳なさがあった。

おばあちゃんに対して。

「孫が正社員になった」──
その事実がすべてだった

俺にとっては「初めての正社員」だった。正確に言えば人材派遣会社の正社員で、派遣先の携帯販売コーナーに送り込まれた形だ。しかし、おばあちゃんにとっては「孫が正社員になった」という事実がすべてだった。

しかも求人票には「SNSコンサルタント」と書いてあった。最初の1年半〜2年は下積みだと説明されていたから、おばあちゃんは下積みの後にパソコンを使うかっこいい仕事が待っていると信じていた。

それを2ヶ月で辞めた

教育がなかったのは事実だ。2ヶ月間ティッシュを配り続けただけなのも事実だ。でも、おばあちゃんにはその「事実」が最初は届かなかった。

解放感と申し訳なさ。
この二つが初日から同居していた。

Section 02

解放感は2週間で消えた。

消えた後に何もなかった。

意外と早かった。

2週間目に入ろうとしたあたりで、解放感は徐々に薄れていった。蛍光灯の記憶も、ティッシュの箱の記憶も、13時20分に「更新しません」と打ったときの身体の軽さも、どんどん遠くなった。

消えた後に来たのは、怒りでも焦りでもなかった。

何もなかった。
虚無ですらない。

感情にラベルを貼れない状態がしばらく続いた。

ブログは
「記憶を復元するため」に始まった

ちょうどこの頃、ブログを始めた。正確には、「始めなければ記憶が消える」と気づいたから始めた。携帯販売員の売り場で感じたこと、上司に言われたこと、別キャリアの新人が3日で商談席にいたこと──あの2ヶ月間の情報が、退職からたった2週間で急速に揮発していた。

慌ててブログにログインして、記憶を復元するように書き始めた。書いているうちに、消えかけていた感情が呼び覚まされた。一応、書けるには書けた。しかし、発信しそこねた情報もあった。
休憩時間の過ごし方のこと──ちょうど昨日やっと思い出して書こうとしたけれど、もう完全には戻らない断片もある。

Key Insight 解放感の賞味期限は2週間だった。そして記憶の賞味期限はもっと短い。辞めた直後に記録を始めなかったことで、いくつかのエピソードは永久に失われた。

Section 03

青い掛け布団。黄色い鳥の人形。

──これが俺の1ヶ月だ。

この1ヶ月、一番長くいた場所は自分の部屋だ。
さらに限定すると、布団の上だ。

Scene 青い掛け布団と枕。茶色い敷き布団。その上に充電しながらパソコンを起動している。近くにはスマホと、黄色い鳥の動くかわいらしい人形が置いてある。目の前には煩雑に本が積まれている。

この景色が、俺の1ヶ月のほぼすべてだ。

前に書いた記事で、「白い部屋のママブロガー」と「布団の中の俺」を対比させた。あの構図は1ヶ月経っても何も変わっていない。MacBookの代わりにファンがうるさいWindowsのノートPC。
ラテアートの代わりにペットボトルの緑茶。

ただ──1ヶ月前と違うのは、
その布団の上から記事を公開しているということだ。

身体は1時間を取り返した

睡眠時間も変わった。

Before — 勤務中 7.5h 足りていると思い込んでいた
After — 退職後 8.5h 身体がこの1時間を
必要としていた

たった1時間。しかし仕事をしていた2ヶ月間、身体は7時間半で足りていると思い込んでいた。足りていなかったのだと、辞めてから知った。


Section 04

母には泣かれた。

おばあちゃんには「文章」を見せた。

辞めた当日、2月末に母に言った。

自分
今日でやめることになった。
嘘?
でも前から怪しいところだと
思ってたもんね。

日々、何も教育してもらえず立っているだけできついということは何度も話していたからだ。まぁそうなるよね、という空気だった。

「これからどうするの」に
答えた内容

次に聞かれたのは「これからどうするの」ということ。ちょっとアルバイトをして、簿記とかのスキルを身につけて、もう一度転職につなげようかと答えた。

母は俺が動画編集をしていることを知っている。でも当然、プロ並みのクオリティではないことも知っている。ブログを書いていることは知らない。黙って始めた。親に「ブログやってる」と言うのは、自分からしたら圧倒的におかしなことだ。

本当に言いたかったのはこういうことだった。

俺は今から将来自分のやりたいこと、好奇心の対象に時間を少し集中して使いたい。がっつりはもう高校受験の時の自分みたいにはできないけど、それなりに1日5時間くらいはちゃんと未来に向けた活動に手をつけることができる。だからちょっとの間、支援をしてほしい。

母はそれを受け入れてくれた。泣きはしたけど。

おばあちゃんには
「ブログ」とは言わなかった

一方、おばあちゃんは事情を知らなかった。教育がなかったこと、上司のこと、休憩中に外に出られなかったこと──そういう日々の内情は伝えていなかった。おばあちゃんにとっては「孫がパソコンを使う仕事に就いた」という認識のまま止まっていたから、当然反対した。

だから、じっくり説明した。そしてそのとき、
俺はブログの断片を見せた

「この仕事で頭が使えなくなっていった」と書いた文章を見せた。おばあちゃんはただ文章を読んでいるから、それがブログだとは思っていない。だから両親に知らされる心配もない。そしておばあちゃんを安心させることもできる。

我ながら頭がいいなと思った。
Structure おばあちゃんには「文章」を見せた。ブログだとは説明しなかった。おばあちゃんは「孫がちゃんと考えていること」を確認できた。俺は「ブログの存在を親に知られないまま、おばあちゃんを安心させる」ことに成功した。
同じテキストが、媒体の説明なしに、説得の道具として機能した。

Section 05

深夜にYouTuberの過去動画を
掘っている。
「挨拶」に、こだわりがあった。

この1ヶ月、つい見てしまうものがあった。

求人サイトじゃない。転職エージェントの広告でもない。見ていたのは、YouTuberの過去動画だった。

よりひとの「挨拶」は
引用の組み合わせだった

最近だと「よりひと」というYouTuber。こいつの動画を掘っていて気づいたのは、挨拶へのこだわりだった。「ドゥーン」「きらりんちょ」「シャキーン」──あの一連の挨拶が、他のYouTuberの挨拶を引用して組み合わせた構造になっている。

それを知ったとき、
「こんなにこだわっていたのか」と思った。

スーツ(交通・旅行系YouTuber)の動画も見た。

「観察」と「自覚」の往復

何が面白いかというと、見ているときの感情だ。楽しんでいるのか、研究しているのか、逃避しているのか、自分でもわからない。ただ、YouTuberの動画を見ていると、「この人たちは自分の裁量で発信して、それが仕事になっている」という事実だけがずっと頭に残る。

嫉妬とも違う。憧れとも違う。「こういう構造があるのか」という観察に近い。しかしその観察の後に、必ず「俺は今、布団の中でそれを見ている側だ」という自覚が追いかけてくる。

観察して、自覚して、
また観察して、そのまま寝る。
翌日も同じ。

Section 06

「俺、何してんだろう」は、

もう聞き飽きた声だった。

「俺、何してんだろう」──この問いかけは、留年して就活に失敗した時に散々抱いてきた気持ちだった。だから退職後1ヶ月で改めて浮かんできても、新鮮さはなかった。聞き飽きた声だ。

人って、そういう気持ちはずっと続かない。何をしているんだろうと思っていても、生活は嫌でも続く。腹は減るし、トイレには行くし、夜は来る。慣れという奴だと思う。

満員電車の社会人も、
同じバグを抱えている

満員電車に揺られる社会人も、きっと同じだ。本当はこんなことしたくない、もっと違った未来があるはずだ、そのための努力をしたいけど何をやっていいかわからない。そこで自分のみじめさを押し殺すために「もうこれに慣れた」と言い聞かせる。苦痛だけど耐えられる、と。

身体を意図的に「慣れ」によってバグらせる
とにかく通勤することによって。

そこで何かを壊し、不快をまとう。知らず知らず代謝がよくなって。知らず知らずネットからは置いていかれて。知らず知らず虫歯は進行しているかもしれない
──会社に長時間拘束されるって、そんなもんだ。

AIを使いこなす「時間」が
あるかどうか

気がついたら、AIでぶいぶい言わせている自分と似た立ち位置の人間がいる。その差が「会社がAIを認めているかどうか」「自分でAIを知ろうとしたかどうか」──もっと言えば、AIを使いこなせるだけの時間があるかどうかで決まっている。

大学時代に憧れていた落合陽一やマコなり社長のような使い方は絶対にできない。でも最低限、乗り遅れないための使い方は、平均的な日本人よりはできているつもりだ。

問いの質が変わった

この1ヶ月で頭の中に一番頻繁に浮かんだのは、
「俺、何してんだろう」ではなかった。
それはもう聞き飽きた声だ。

代わりに浮かんでいたのは──

「この時間を、何に変換できるか。」

無職という時間を。何にも変換できなかったとしても、少なくとも「変換しようとした記録」は残せる。

Key Insight 「俺、何してんだろう」は、もう効かない呪文だった。留年時代に唱えすぎて、効力が切れている。代わりに鳴り始めたのは「この時間を何に変換するか」だった。問いの質が変わったことが、唯一の変化だ。

Section 07

月収ゼロの人間が、

DaVinci Resolveに5万円払った。

この1ヶ月で一番大きな出費は、
DaVinci Resolve Studioの買い切りだった。

¥50,000 月収ゼロの無職が、
動画編集ソフトに払った金額

冷静に考えたらおかしい。でもその時の俺は冷静じゃなかったし、冷静じゃなかったからこそ買えた。

全部、まだ形になっていない

自転車動画の撮影は止まっている。でも別の方向で動こうとしていた。顔出しありの新しいチャンネルを作ろうとしている。そのためのトーク台本を書いていた。
VOICEVOX旅行企画も並行して考えていた。琴葉茜の読み上げ動画も。

全部、まだ形になっていない。5万円は払ったけど、DaVinciは「少しいじった」程度で止まっている。

しかし「好奇心にお金をかけた」
という事実は残る

この5万円には意味がある。少なくとも俺にとっては。5万円は「好奇心の対象にお金をかけた」という事実だ。派遣の給料をもらっていた時は、給料のほとんどが生活費と貯金に消えていた。自分の好奇心に対してまとまった金額を払う、という行為自体が初めてだった。

失敗するかもしれない。5万円が無駄になるかもしれない。でも「好奇心に5万円を払った無職」「何にもお金を使わなかった無職」では、1ヶ月後の立ち位置が違うはずだ。たぶん。

今日もCanva Proに課金しようとしている。月収ゼロなのに。


Section 08

パソコンが壊れた。
それがブログを書く
直接のきっかけになった。

この1ヶ月の中で、一番大きな事件はパソコンの故障だった。

ある日、いつも通り布団の上でPCを開いたら、起動しなかった。何度再起動しても画面が真っ暗。結局、無償修理に出すことになった。

パソコンがない期間に
何が起きたか

修理期間中、パソコンがない。動画編集もできない。YouTubeも、スマホでは見られるけど、いつもの環境では見られない。ブログの管理画面も開けない。

しかし──この「パソコンがない期間」が、逆にブログを始める直接のきっかけになった。パソコンが戻ってきたとき、「あの2ヶ月間の記憶が消える前に、今すぐ書かなきゃ」という切迫感が一気に来た。修理から戻ったPCのファンがブーンと鳴る中で、最初の記事を書き始めた。

断片的なメモが、記憶を復元した

断片的なメモは残していた。スマホのメモ帳に、売り場で感じたこと、上司に言われたこと、14時の絶望のこと。完全な文章じゃない。単語とフレーズの羅列。しかしそれがあったから、記憶を復元できた。

パソコンが壊れていなかったら、
たぶんブログは始めていない。
壊れて、離れて、
戻ってきたから書けた。

やる気に冷や水を浴びせられる出来事が、
結果的にスタートラインになった。


Section 09

無職にも、「慣れ」は来る。

それが怖い。

仕事をしていた時、身体は「慣れ」によってバグっていた。7時間半の睡眠で足りていると思い込み、蛍光灯の下に立ち続ける日常を「まぁこんなもんか」と受け入れていた。

無職にも、同じ「慣れ」が来る。

後ろめたさは
3週間で「日常」になる

最初の数日は、平日の昼間に布団の中にいることに違和感があった。こんな時間に家にいていいのか、という後ろめたさ。しかし2週間、3週間と経つうちに、それが日常になる。布団の上でパソコンを開いて、YouTube見て、ブログ少し書いて、寝る。この繰り返しが「普通」になっていく。

怖いのはそこだ。

無職に慣れること自体は悪いことじゃないかもしれない。しかし「慣れた」瞬間に、変化する動機が消える。満員電車に慣れた社会人が「もう転職しなくていいか」と思うのと同じ構造で、無職に慣れた人間は「もうこのままでいいか」と思い始める。

まだ「このままでいいか」には
なっていない──たぶん

俺はまだ「このままでいいか」にはなっていない。たぶん。DaVinciに5万円払ったこと、Canva Proに課金しようとしていること、トーク台本を書いていること──これは「このままでいいか」の人間の行動じゃない

でも、来月も同じことを言えるかはわからない。


Section 10

今日の心境を天気に例えるなら、
くもり。
一度晴れたのに、またくもった。

ありきたりだけど、くもりだ。

おばあちゃんの誤解──俺が考えなしで辞めた、ただ嫌になったから辞めたと思われていたこと──は晴れた。ブログの断片を見せて、ちゃんと説明して、おばあちゃんは納得してくれた。

でも、俺が自分の力で稼いでいける見通しが
立っているわけではない。一度晴れになったものが、またくもりに包まれた。

ただ──自分の気持ちはちゃんと書けてはいるなと思う。

信じてくれ。一緒に頑張る人たちよ。
これでも俺はもがいているんだ。

何か好奇心の対象にお金をかけて、失敗して、今日もCanva Proに課金しようとしている。月収ゼロなのに。


Epilogue

1ヶ月前の自分に、一言だけ。

もし1ヶ月前の、辞めた日の自分に
一言だけ言えるとしたら。

すごいナイスタイミングだったな。

でもお前は1ヶ月後、やる気に冷や水を浴びせられる。パソコンが壊れる。

でも大丈夫。どれだけブログのログインページと離れることがあっても、どれだけYouTubeの自分のページを開くことから距離が生まれても、断片的なメモは残しておいてほしい

それがあれば大丈夫だ。

発信の種を、自分でもみがらにして
廃棄するのはやめてほしい。

仕事を辞めて1ヶ月。何もしていない。でも「何もしていない」と書けるだけの場所は持てた。それがゼロかどうかは、もう少し先にならないとわからない。

布団の上。青い掛け布団。黄色い鳥の人形。
ファンがうるさいノートPC。煩雑に積まれた本。

この景色の中で、今日も記録している。
Data

退職後1ヶ月の全体像。

退職日2026年2月末
(モバイル販売員 / 人材派遣会社の正社員)
経過期間約1ヶ月
解放感の持続約2週間で消失
睡眠時間勤務中 7.5h → 退職後 8.5h(+1時間)
最大の出費DaVinci Resolve Studio 買い切り
(約 ¥50,000
母の反応「嘘?」→「前から怪しいと思ってた」
→ 泣いた → 支援を受け入れた
おばあちゃん反対 → ブログの断片
(「ただの文章」として)を見せて納得
つい見るものYouTuberの過去動画
(よりひと・スーツ 等)
頭の中の声「俺、何してんだろう」→ 効力切れ
「この時間を何に変換するか」
PC故障無償修理 → 復帰後に
ブログ開始の直接きっかけ
やったことブログ記事数本 / DaVinci購入・操作
/ トーク台本作成
今日の天気くもり
(一度晴れたのに、またくもった)

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