家電量販店のモバイル販売コーナー。
教育ゼロ。ティッシュ配りだけの2ヶ月。
派遣会社からの更新確認メールに、
「更新しません」と返信した日の記録。
携帯販売員の派遣を2ヶ月で辞めた日の話。
金曜13時20分、「更新しません」と打った。
3ヶ月契約の途中
と打った時刻
2月20日
この記事の前提。
EP.13の「その後」を書く。
EP.13で、家電量販店の携帯販売員として派遣された現場のことを書いた。教わったこと。教わらなかったこと。2ヶ月間ティッシュを配り続けた話。別キャリアの新人が3日で商談席にいた話。
あの記事は「現場の構造」を書いた。
この記事は、あの現場を辞めると決めた日のことを書く。
EP.20からEP.22まで、全3本。
EP.20は辞めると決めた日。
EP.21は決めてから最終出勤日までの軽いやり取り。
EP.22は最終面談の記録。
ちなみに、この時期すでに万引きGメン(EP.17〜19)の仕事を副業として並行していた。月に2回ほど。モバイル販売員が本業で、Gメンが副業。その状態で「本業を辞める」と決めた。
最初に「辞めたい」と思ったのは、
わりと早かった。
入社して1〜2週間だったと思う。
まだ1ヶ月も経っていない段階で、もうぼんやり思っていた。「これ、続けても意味ないんじゃないか」と。
EP.13に書いた通り、教育がなかった。立っているか、ティッシュを配っているか。それだけだった。商品知識もプラン内容も接客も、誰も教えてくれない。自分から聞き出さなきゃ、誰も寄ってこない。
でも、最初は「まだ早い」と思っていた。
3ヶ月契約だ。少なくとも3ヶ月はやろう。
そう思って耐えていた。
その「耐えていた」が限界に来たのが、2ヶ月目だった。
限界だと感じた、3つの出来事。
「まだその段階だね」と2回言われた
1ヶ月目の面談で「どこまで教えてもらったの?」と聞かれた。「立っているかティッシュを配っているかだけです」と答えた。返ってきた言葉は「まだその段階だね」。2ヶ月目の面談でも同じ質問をされて、同じ答えを返した。EP.13に書いた通りだ。そのとき俺は言い放った。「そろそろやめることも検討しています」と。
「今そんなの教えてもしょうがないでしょ」
誰かが俺に何かを教えようとしてくれた。それを上の立場の人が止めた。「今そんなの教えてもしょうがないでしょ」。──なら、いつ教えてくれるんですか。でもその人は結構怖い人だったから、言い返す勇気はなかった。
別キャリアの新人は、3日で商談席にいた
俺の後から入った別キャリアの新人が、開始3日で先輩の営業トークを聞かせてもらっていた。俺は2ヶ月経ってもティッシュ配り。この差を見たとき、「環境が違う」と頭では分かっていても、心では納得できなかった。
ティッシュ配り
商談席で研修
この3つが重なったとき、
「辞めよう」が「辞める」に変わった。
金曜日。13時20分。くもり。
「更新しません」と打った。
2月20日。金曜日。
勤務中だった。売り場に立っていた。いつもと同じように。
13時20分。派遣会社の営業担当からメールが来た。
契約更新の意思確認だ。
「更新されますか?」
俺はその場で返信した。
「更新しません。」
── 2月20日 13:20 派遣会社への返信メール打つのに時間はかからなかった。
迷わなかった、と言えば嘘になる。でも、迷う時間は2ヶ月間ずっとあった。メールを開いてから返信するまでの時間は、ほんの数分だったと思う。決断は一瞬だった。でもそこに至るまでの蓄積は、2ヶ月分あった。
外はくもりだった。
売り場の照明は蛍光灯で、天気なんて関係ないはずなのに、
なぜかくもりだったことだけ覚えている。
本来の契約は3月末までだった。
でも「更新しません」と返信したことで、2月末で契約終了になった。
そこから2月末まで、残りのシフトを消化して辞めることになる。
13:20 返信
(1ヶ月前倒し)
「更新しません」と送った直後の、
売り場の景色。
メールを送ったあと、スマホをポケットにしまった。
目の前には売り場がある。さっきと同じ売り場。同じ蛍光灯。同じティッシュの箱。何も変わっていない。
でも、自分だけが変わった。
さっきまで「ここにいなきゃいけない」と思っていた場所が、「あと数日で離れる場所」になった。同じ蛍光灯の下に立っているのに、空気が少しだけ軽くなった気がした。
周囲のスタッフは何も気づいていない。
当たり前だ。俺がスマホで返信を打ったことなんて、誰も見ていない。
いつも通り14時が来た。
EP.12で書いた「14時の絶望」。あの、午後に入ってから退勤までが永遠に感じる時間帯。
でもこの日の14時は、少しだけ違った。
14時の絶望は、いつもと同じようにやってきた。
でもその絶望の底に、「もうすぐ終わる」という事実が敷かれていた。
絶望の質が変わった。終わりのない絶望から、終わりのある絶望に。それだけで、同じ14時でも耐えられた。
「きついですか?」と聞いてきた、
同い年の女性従業員。
辞めると決めた日か、その前後だったと思う。正確な日付は覚えていない。
同い年くらいの女性従業員に話しかけられた。
俺は結構正直に答えるほうだ。
「きついですか?」と聞かれて、「いや、大丈夫です」とは言えなかった。大丈夫じゃないから。だから正直に「はい。きついです」と言った。
彼女は「きついですよね──」と返した。
それだけだった。
解決策を提示してくれたわけでもない。
慰めてくれたわけでもない。
ただ「きついですよね」と言っただけだ。
でもあの一言は、2ヶ月間で一番まともな会話だった気がする。
あの売り場では、誰も「きつい」とは言わなかった。全員が黙って立っていた。きついことが前提の空間で、きついと口に出すこと自体が珍しかった。
きついことが前提。
だから誰も「きつい」とは言わない。
言ったのは、あの女性だけだった。
あっさり終わるかと思った。
でも「面談をしたい」と言われた。
「更新しません」と返信したあと、正直あっさり終わると思っていた。
派遣だ。更新しなければ契約満了で終わる。それだけの話だ。
でも、そうはならなかった。
派遣会社の営業担当から「面談をしたい」と言われた。営業担当を含めた3名での面談。
ここでネタ晴らしをすると、実はこのあと面談は2回あった。
営業担当を含む
3名での面談
EP.21で詳述
元アパレル店長の
人事担当が登場
EP.22で詳述
2回目の最終面談には、強烈なキャラクターが出てくる。元アパレルの店長から人事担当になった人間で、いわゆる「シゴデキ」タイプ。俺がこの仕事への不満を話したら、「あなたにも至らないところがあったよね」と返された。
──でも、それはEP.22に書く。
今回は、辞めると決めた日そのものの話を最後まで書く。
辞める理由を、正直に整理する。
辞めると決めたあと、自分の中で理由を整理した。面談に備えて、というよりは、自分自身に説明するために。
成長できない
2ヶ月間、教わったのはフロアマップとスマホケースの案内と業務端末のパスワードだけ。商品知識もプランも接客も教わっていない。このまま3ヶ月目に入っても、同じことの繰り返しだと確信した。
もっと有意義に時間を使いたい
2ヶ月目の面談で正直に言った言葉がそのまま理由になった。「正直今の仕事をしていても成長しない。もっと有意義に時間を使いたい。」
副業(万引きGメン)がすでにあった
Gメンの仕事を月に2回ほど入れていた。孤独な仕事だけど、少なくとも「やること」がある。本業を辞めてもゼロにはならないという安心感はあった。
給料は理由に入っていたかというと、大きくはない。時給は悪くなかった。問題は金じゃなくて、「この時間に中身がない」ということだった。
「辞めたかった」のか、「逃げたかった」のか。
正直に言えば、両方だ。
でも「逃げ」だとしても、逃げた先で万引きGメンの仕事をしていたし、2月末の最終出勤日まできっちりシフトを消化した。逃げることと無責任であることはイコールじゃない。少なくとも、自分ではそう思っている。
帰り道。イヤホンから流れていた音楽。
退勤した。
帰り道、いつも通りイヤホンをしていた。
何を聴いていたか。藤井風か、エミネムか。どっちかだった。あの頃はその2択がずっとローテーションしていた。
日本語の柔らかい歌声と、英語の硬い韻。正反対の音楽を交互に聴いていた。たぶん、どっちか片方だけだとバランスが崩れる気がしていたんだと思う。
帰り道の気持ちは──
軽かった。
罪悪感はなかったと思う。後悔もない。ただ「やっと言えた」という感覚があった。2ヶ月間ずっと頭の中にあった「辞めたい」を、やっとメールという形にして外に出せた。
くもり空の下を歩いて帰った。蛍光灯の下よりは、くもりのほうがずっとましだった。
親に言ったか。おばあちゃんには。
親には言った。「辞めることにした」と。
親の反応は覚えていない。たぶんそこまで驚かなかったと思う。EP.17で万引きGメンに応募したときのほうがよっぽど心配されていた。モバイル販売員を辞めること自体は、親にとっても「そうだろうな」くらいだったのかもしれない。
おばあちゃんには──たぶんすぐには言っていない。おばあちゃんに「仕事辞めた」と言うのは、いつもちょっと気が重い。心配される量が親の3倍くらいある。
でもいずれは言った。EP.19でもそうだったように、おばあちゃんには結局なんでも報告してしまう。
万引きGメンとの並行。
辞めても「ゼロ」にはならない安心。
ここが、過去に仕事を辞めたときと決定的に違った。
モバイル販売員を辞めても、万引きGメンの仕事が残っている。月に2回だけだけど、ゼロではない。
EP.17で書いた通り、Gメンの時給は¥1,200で7時間勤務。月2回なら月収は¥16,800。生活できる金額ではない。でも、「まったくの無職」と「月2回でも仕事がある」では、精神的な負荷がまるで違う。
2月末で終了
月2回 継続
辞めることを決断できたのは、この「ゼロにはならない」という事実が下支えしていたと思う。
辞めると決めた日の精神状態を、
正直に書く。
EP.12で業務中のメモを全部公開した。あの精神状態の延長線上にいた。
「トランシーバーは思考を圏外にする」と書いた。
「もうおわりだよ」と書いた。
「脳の容量が仕事にほとんど持っていかれている」と書いた。
あれは全部、辞める前の脳内だった。
辞めると決めた日、一番近い感情は「解放」だったと思う。悲しみでも怒りでもない。ただ、2ヶ月間ずっと身体に乗っていた重しが、メールを送った瞬間にふっと軽くなった。
身体症状もあった。ずっと胃がキリキリしていた。それがこの日を境に少しずつ収まっていった。
14時の絶望と、13時20分の決断。
EP.12のタイトルは「ずっとここに立ってたら、おかしくなりますよ」だった。
最終勤務日に、違うキャリアの30歳くらいの男性が言った言葉。
14時の絶望は、毎日やってきた。午後に入ってからの時間が永遠に感じる、あの感覚。
辞めると決めたのは13時20分だった。14時のすこし手前。
14時の絶望が来る前に、
13時20分に、終わらせた。
──と書くとかっこいいけど、実際はただメールの返信が13時20分に来ただけだ。タイミングに意味はない。でも14時より前に決着がついたという事実は、なんとなく救いだった。
14時の絶望が来る前に、
13時20分に、終わらせた。
これから家電量販店の
携帯販売員になる人へ。
EP.13にも書いたけど、もう一度書く。
受け身だとだめだ。自分から聞かないと、誰も教えてくれない。待っていても何も始まらない。これは断言できる。
でも、積極的に動いたところで、最初の3ヶ月は様子を見られる。そういう文化だった。少なくとも俺がいた現場では。
それでも続ける価値があるかどうかは、配属先のキャリアと人間関係で全部変わる。俺の場合はたまたまハズレだったのかもしれない。でも、あの2ヶ月間で学んだことが完全にゼロだったかというと──
ゼロではない。
「きつい現場で立ち続ける」という経験は、万引きGメンの仕事に活きた。EP.19で書いた棚どりの孤独さ。あれは、モバイル販売員で「立ち続ける」を経験していなかったら、もっときつかったかもしれない。
ただ、あの環境にずっといるべきだったとは思わない。
辞めなかったら、たぶんずっとティッシュを配っていた。
それはそれで一つの人生だったかもしれない。
でも俺は、あの蛍光灯の下にいる人生を選ばなかった。
辞めると決めた日の全体像
| 辞めると決めた日 | 2月20日(金曜日) |
|---|---|
| 時刻 | 13時20分頃 |
| 天気 | くもり |
| 場所 | 家電量販店の売り場(勤務中) |
| 決断の方法 | 派遣会社の営業担当へ「更新しません」とメール返信 |
| 契約期間 | 本来は3月末まで → 2月末で終了 |
| 総勤務期間 | 約2ヶ月 |
| 辞めるまで | 2月末まで残りシフトを消化 |
| 面談 | 計2回(1回目:営業担当含む3名 / 最終:人事担当が登場) |
| 並行していた仕事 | 万引きGメン(月2回・副業・時給¥1,200) |
| Gメン月収 | ¥16,800(¥1,200 × 7h × 月2回) |
| 辞める理由(主) | 成長できない / 教育ゼロ / 時間が遅すぎる |
| 辞める理由(副) | 有意義に時間を使いたい / Gメンがあるからゼロにならない |
| 帰り道の音楽 | 藤井風 or エミネム |
| 「きついですか?」 | 同い年の女性従業員に聞かれ「はい。きついです」と返答 |
| 14時の絶望との関係 | 13:20に決断 → 14時の絶望が来る前に終わらせた |
| 精神状態 | 解放。胃のキリキリが引いた。静かだった。 |
| 親への報告 | 言った。大きな反応はなし |
| おばあちゃん | すぐには言っていない。でもいずれ報告した |
| 後悔 | なし |
2ヶ月間ティッシュを配って、
金曜の13時20分に辞めた。
家電量販店のモバイル販売コーナーに、派遣社員として約2ヶ月間いた。
教わったのは、フロアマップの紙と、スマホケースの案内方法と、場所案内の作法と、業務端末のパスワード。EP.13に書いた通り、それだけだった。
教わらなかったのは、商品情報、プラン内容、接客のやり方、休憩のとり方、服装のルール、忌引きの連絡先。仕事のほぼ全部だ。
面談で「まだその段階だね」と言われた。
誰かが教えようとしたら「今そんなの教えてもしょうがないでしょ」と止められた。
別キャリアの新人は3日で商談席にいた。
俺は2ヶ月経ってもティッシュ配りだった。
2月20日、金曜日。くもり。
13時20分に派遣会社からメールが来て、「更新しません」と打った。
14時の絶望が来る前に、終わらせた。
帰り道、藤井風かエミネムを聴いていた。
くもり空の下を歩いた。
身体が軽かった。
同い年の女性従業員に「きついですか?」と聞かれた。
「はい。きついです」と答えた。
「きついですよね──」と返された。
あれが、あの売り場で交わした一番まともな会話だった。
次の記事では、辞めると決めてから最終出勤日までの日々を書く。
辞めることを伝えてから、売り場の空気がどう変わったか。
誰に何を言ったか。最後の日に何があったか。
そしてEP.22では、あの最終面談の話を書く。
元アパレル店長の「シゴデキ」人事担当が出てきて、
「あなたにも至らないところがあったよね」と言われた話を。
EP.20 ── モバイル販売員篇①「辞めると決めた日」