万引きGメン、実践初日。「お菓子コーナーで万引きしてきてください」の衝撃。

万引きGメン、実践初日。「お菓子コーナーで万引きしてきてください」 | LUCID LOG
EP.19 ── 万引きGメン篇 ③ / 3

万引きGメン、実践初日。
「お菓子コーナーで
万引きしてきてください」

起床4時。うどん屋で朝定食を食べて、自転車90分。着いたのは1時間前。
棚どりを覚え、カゴを持って巡回した。おばさん隊員がイートインに消えた。
そして社長が言った。「お菓子コーナーで万引きしてきてください。制限時間は3分です。

4:00 起床時間
アドレナリンで眠れなかった
90min 自転車片道
途中うどんチェーンで朝定食
3min 万引き実習
制限時間(大幅オーバーした)
SECTION 01

4時に目が覚めた。アラームじゃない。アドレナリンだ。

万引きGメンの実践初日。EP.18の研修で教わったことを、今日ほんとうに現場でやる日だ。

わくわくしていた。眠れないくらい。緊張というより興奮のほうが強かった。

勤務先は隣町のスーパーEP.17で書いたように、車なら30分の距離を自転車で行く。片道90分、20km。

今日の俺(自転車)

90分(20km)

車なら

30分

EP.16で書いた派遣の顔合わせも自転車27kmだった。俺の人生、自転車で長距離を走るエピソードが多すぎる。

途中、某うどんチェーンに寄った。朝定食を食べた。ちゃんと食っておかないとと思った。それだけだ。

1時間前に着いた。早すぎる。でもそれでよかった。

SECTION 02

服装と持ち物。モールでわざわざ買った黒シャツ。

EP.18の研修で「目立たない色で」と言われていた。だから前日、近くのモールで黒の無印良品の型落ちシャツをセール品で買いに行った。

仕事のために服を買った。それだけでなんか気合が入った。下はユニクロのジョガーパンツ

ITEMS ── 持ち物

クリップボード

ペン

勤務報告書

緑の革の名刺入れ

3点セットはEP.18で教わった通り。緑の革の名刺入れは念のため持った。中身が何だったか正確には覚えていない。でもあの緑色だけは覚えている。

入店前の気持ち?意外と緊張はなかった。「今日は何をやらされるんだ」という好奇心のほうが強かった。

SECTION 03

入店。挨拶なし。不安しかない。

店に着いた。

研修で教わった手順では、入店10分前に店長を探して挨拶をする。でも実際は──挨拶はなかった。

社長がすでに店にいて、そのまま「じゃあやりましょう」と言われた。

たぶん社長が事前に得意先へ「今日研修生が二人入りますよ」と連絡しているのだろう。でも俺にはそういう連絡がないまま店に入った。万が一社長が来なかったら、俺はただ長時間スーパーに滞在している不審な男だ。そう思うとじわっと不安になった。

今日の参加者は3名。自分、研修で一緒だったおばさん隊員、社長。

EP.18の研修でもう一人いた30代中ごろの男性はいなかった。


SECTION 04

「棚どり」。
商品をずらして、隙間から見る。

挨拶もなしにいきなり棚どりが始まった。

まず社長が見本を見せた。俺たちが続いた。

TERM ── 棚どりとは 棚に陳列してある商品を少しずらして隙間を作り、
その隙間から対象者を見やすくする技術。

棚の正面から観察すると、対象者に「見られている」と気づかれやすい。でも棚の商品を少しだけずらして隙間を作れば、商品を見ているふりをしながらその隙間越しに通路を観察できる。

売り場に自然に溶け込むための、Gメン固有の視線の技術だ。

やってみると難しい。商品をどれくらいずらせばいいか。隙間の角度はどこがいいか。自然にやっているように見せながら視線を通すのが、思ったより繊細な作業だった。

頭の中では「商品ずらしてもそんなに変わるか?」と思ってしまっていた。でも、実際やってみると確かに見え方が変わる。社長が「こうすると通路全体が視野に入りやすい」と説明したのが、実際に体を動かしてみて初めて分かった。

個別指導に移った。そしておばさん隊員が消えた。

棚どりの全体練習が終わると、「次から個別指導に移ります」と社長が言った。

まずはカゴを持って怪しい人がいないか歩くように言われた。

俺はカゴを持った。中身は軽くてかさばるものがいいと言われていたから、カップラーメンとスナック菓子を入れた。カゴに何か入っているだけで、買い物客として自然に見える。

で、歩き始めた。

気づいたら、おばさん隊員がいなかった。

どこに行ったんだ、と思いながら歩いていると──後から分かったのだが、おばさん隊員はそのスーパーのイートインコーナーに座りに行っていた。

最初はそれが分からなかった。不安になりながら売り場を歩いていると、どこかから声が聞こえる感じがして、やっとどこにいるか分かった。

なぜ今日は一人ずつなんだろう、と思った。放置しないでほしいし、万が一怪しい人物が来たらどうしてくれるんだよ、とマジで思っていた。

おばさん隊員の立ち回りが怖すぎた

個別指導の合間、おばさん隊員とすれ違うことがあった。

研修で一緒だった人で、まじめな人だというのは分かっていた。でも、まじめすぎるのか、怪しい人を見るとがっつり走ったり、かがみこんだりしていた。

心の声

「あなたの方が怪しいんですけど。」

俺は客観的に自分がどう見られているかを異常に気にするタイプだ。だから後ろの客にも変に思われていないかをものすごく意識して、控えめに動いていた。

でも考えてみれば、そもそも接点の少なそうな人たちが固まって売り場を歩くこと自体が不思議だ。特に棚どりをしているとき。だから社長が個別に教えたのだと、そこで納得がいった。


SECTION 05

「お菓子コーナーで
万引きしてきてください。」

個別練習が一段落したとき、社長に呼び出された。

何かと思ったら──説明が始まった。

「お菓子コーナーがありますよね。
そこで何点でもいいので
制限時間内に外に持ち出してください。」
── 社長。ようは、万引きをしてきてくださいということだ。

え。

理解できなくて、思わず聞き返した。

「それって、商品を万引きしてくることですか?」

社長

「そういうことです。では早速行きましょう。」

は?

あなたは数々のGメンの隊員にそういうことをやってきているから「作業の一つ」に過ぎないかもしれない。でも俺にとっては──心臓が急にどきどきしてきた。

腹立つのが、制限時間3分以内に外に持ち出すこと。で、いざ自分が店内に出ると、外から社長が鋭い目つきでこっちをじっくり見ているの。

こいつ怖い。マジで。

頭が真っ白になった

何をすればいいか。何を取ればいいか。頭が真っ白になって、何も考えられなかった。

とにかく手が動いた。何も考えずに握ったのが、チョコエッグだった。

あの卵型のチョコレート。中にフィギュアが入っているやつ。手のひらにぴったり収まる。

ユニクロのジョガーパンツの後ろポケットに入れた。

あとは、近くにあったチューイングガム。10円くらいの安いやつが目に留まったから、それも盗んだ。

何点か持って、「3点でいいよな」と思って店を出た。

万引き実習で使ったチョコエッグとチューイングガム
万引き実習で使ったチョコエッグとチューイングガム。ジョガーパンツの後ろポケットに入れた。

時間かなりオーバーしてるけど、とりあえずはOKだね」と言われた。

うわっ、申し訳ない。でも頭が真っ白で、今でも心臓がバクバクしていて怖い。「かなり不自然な動きしてたけど」と少し笑われた。

SECTION 06

社長のフィードバック。
「視線が不自然だった」

店外で社長からフィードバックがあった。細かくたくさん言われたが、覚えている範囲を書く。

動き

お菓子コーナーまでは早歩き。コーナーについてからは周りをきょろきょろしだした。

滞留

コーナーで少し間底に滞留して、何を取ろうか考えた。そこが見えていた。

選んだもの

丸みのあるもの。手に収まりやすいもの。チョコエッグのように。それ自体が万引きされやすい商品の特徴。

声の感じ

今喋ってみた感じ、ちょっと浮ついている。万引き犯は声をかけると妙に焦り出す。そこで確信を持てる。

なるほど、と思った。

そういうことか。自分が犯人側を体験することで、犯人がどういう動きをするかが分かる。研修で言葉として教わったことが、身体でようやく理解できた。

この実習を終えた瞬間、おばあちゃんにすぐ伝えたいと思った。LINEで「今日万引きしてきた」と送りたくなった。そのくらいインパクトがあった。


SECTION 07

こめ油をガン見していたら、
社長に呼びに来られた。

万引き実習の前後、個別の巡回練習も続いていた。

ただ、途中から集中力が切れてきた。

体力的にしんどくなってきて、野菜コーナーや総菜売り場で商品を眺めていた。仕事をしているのか休んでいるのかわからない状態。

気づいたら、こめ油をガン見していた。

そこに社長が呼びに来た。「何してるんですか」という顔で見られた。

反省

力の抜き方を間違えた。怪しまれないように自然に立つのと、ただぼーっとするのは全然違う。こめ油をガン見している人間は、どう見ても不審者だ。

体力の使い方」も技術の一つだと分かった初日だった。


SECTION 08

24歳の男が、
平日の昼間にスーパーにいる違和感。

平日の昼間。客層はこんな感じだった。

60後半〜70代がボリューム層。30〜40代の主婦。あと近くに作業場があるのか、40代くらいの工場の作業服を着た人がたまに来た。若い人は少なかった。

俺と同年代の男は──いなかったと思う。

自分が「浮いているな」と感じた瞬間は常にあった。特に、スーパーで働いている店員を見た時と、おばさん隊員とすれ違ったとき。なんか状況が奇妙すぎて。

客や店員からの「こいつ何してるんだ」という視線は感じなかった。たぶん分かっているけど視線を向けないようにしてくれているんだろう、と感じた。

男であることのデメリットを一番強く感じた瞬間は、棚どりの指導をしているとき。俺たちに教えている社長が体格のいい人だから、余計目立つ。一番怪しいのはこのグループだった。

SECTION 09

休憩。川沿いのベンチで、バナナと動画。

休憩時間になった。店を出た。

近くに川があった。川沿いのベンチに座った。

持ってきたバナナを食べた。動画を見ていた。

一人だった。社長と おばさん隊員は店の中か別の場所にいた。

実は入店前に少しだけおばさん隊員と話した。「緊張しますね」と言ったら、少し話した。それが今日最初で最後のまともな会話だった。

川を見ながらバナナを食べている24歳の男。平日の昼間。ジョガーパンツのポケットにはさっきまでチョコエッグが入っていた。

また売り場に戻ることを考えると、あぁ、また体力いるな。あと1時間だとしてもしんどい。そう思った。

SECTION 10

退勤直後15時。
自転車に乗る前に、おばあちゃんにLINEした。

勤務が終わった。15時だった。

自転車に乗る前に、おばあちゃんにLINEを送った。「今日万引きしてきた」と。

EP.18の研修後は母とおばあちゃんが迎えに来てくれた。今回は自転車で一人だから、終わった瞬間にLINEで知らせることにした。

万引き実習の衝撃を、誰かに伝えたかった。それがおばあちゃんだった。

帰りに自転車2時間。かぼちゃを買った。

LINEを送ってから自転車に乗った。帰りは2時間かかった。行きの90分より30分多い。疲れていた。

行き

90分

帰り

2時間

帰り道、どこかでかぼちゃを買った。なぜかぼちゃを買ったのかは覚えていない。たぶん安かったから。もしかしたら母に頼まれていたのかもしれない。

自転車のカゴにかぼちゃを入れて、2時間漕いで帰った。

家に着いて、親に話した。

家に着いた。だらっとした。

親に報告した。「こんなことやらされた」と話して、「続かないかもな」と正直に言った。

万引き実習の話も、この日は話した。それくらいインパクトがあったということだ。


SECTION 11

この仕事の、思った以上の孤独。

EP.17で「人と関わらなくてよさそう」という動機があったと書いた。同時に「無職期間が長くなって、むしろ人と多少は関わる仕事がしたいと思い始めていた」とも書いた。

結論から言うと、人と関わらなさすぎる。

一日中、スーパーの売り場を歩く。誰とも話さない。報告書を店長に渡すときだけ「お疲れさまでした」と言う。それだけ。

誰とも喋らない。店員とも喋らない。客とも喋らない。 一人で歩いて、一人で見て、一人で判断する。

同じ研修生のおばさん隊員もいるが、売り場では各自が別々に動く。隣に人がいても、仕事中は孤独だ。

24歳の男が、平日の昼間に、スーパーを一人でうろうろし続ける。

それが万引きGメンの仕事だった。

かっこいいと思っていた。
怖いとも思っていた。
でも一番は、孤独だった。
EP.17で書いた「かっこいい」と「怖い」。3本目で加わったのは「孤独」だった。
SECTION 12

イヤホンをした優秀な女性隊員。
彼女に会ったのは別の日だ。

EP.18で書いた。検挙のうまい隊員がいると聞いた。32歳前後の女性の方だ。

イヤホンをして音楽を聴いているようだった。でも社長は褒めていた。

社長

「ああ見えても○○さんって超優秀で。」

初日のおばさん隊員とは別の人だ。彼女に会ったのは実践初日ではなく、別の勤務日だった。

初日の俺は、そのどちらの足元にも及ばない。

棚どりをぎこちなくやって、こめ油をガン見して社長に呼ばれて、チョコエッグをポケットに入れて心臓がバクバクして、川沿いのベンチでバナナを食べた。それが俺の初日だ。

主婦が有利だということ。経験の差が圧倒的だということ。どちらも初日で痛感した。


DATA

EP.19 実践初日 ── 整理

起床4:00(アドレナリンで眠れなかった)
移動自転車・片道90分(20km)
途中うどんチェーンで朝定食
到着勤務1時間前(入店前に周囲を歩いて時間を潰した)
勤務先隣町の地域スーパーチェーン
参加者3名(自分・おばさん隊員・社長)
服装黒の無印型落ちシャツ(モールでわざわざ買った)
ユニクロのジョガーパンツ
持ち物クリップボード・ペン・勤務報告書・緑の革の名刺入れ
棚どり棚の商品を少しずらして隙間を作り、その隙間から対象者を見やすくする技術
カゴの中身カップラーメンとスナック菓子(軽くてかさばるものがいいと言われたから)
おばさん隊員個別指導中にイートインコーナーに消えた。まじめすぎて動きが怪しかった
万引き実習お菓子コーナー・制限時間3分(大幅オーバー)
盗んだものチョコエッグ・チューイングガム(10円)
隠し場所ジョガーパンツの後ろポケット
こめ油事件集中力が切れてこめ油をガン見していたら社長に呼ばれた
休憩川沿いのベンチ・バナナ・動画を見ていた
おばあちゃんLINE退勤直後15時「今日万引きしてきた」
帰り自転車2時間・かぼちゃを買った
親への報告「こんなことやらされた」と話した。「続かないかもな」と正直に言った
初日の感想きついな。でもバクバクした。一生思い出に残る。
CONCLUSION

チョコエッグと、こめ油と、かぼちゃ。

万引きGメンの実践初日。

4時に目が覚めて、うどんチェーンで朝定食を食べて、自転車で90分漕いで1時間前に着いた。

棚どりを覚えた。おばさん隊員がイートインに消えた。こめ油をガン見して社長に呼ばれた。

そして社長に「お菓子コーナーで万引きしてきてください」と言われた。聞き返した。本当にそういうことですと言われた。

チョコエッグをジョガーパンツの後ろポケットに入れた。心臓がバクバクした。時間を大幅オーバーして店を出た。少し笑われた。


研修で教わった「手を見ろ」「3秒ルール」「現認」。それが初日にどう使えたかというと、ほとんど使えなかった。

でも、万引き実習で犯人側を体験したことで、研修の意味がやっと身体で分かった。「見られているかもしれない」というプレッシャー。あの心拍数は、テレビでは分からない。


退勤直後15時、おばあちゃんにLINEした。帰りは自転車で2時間。かぼちゃを買った。家に着いて親に「こんなことやらされた」と話して、「続かないかもな」と正直に言った。

川沿いのベンチで食べたバナナの味は、覚えていない。

でもチョコエッグを握ったときの心臓の音は、覚えている。

お菓子コーナーで
万引きしてきてください。
制限時間は3分です。
── 社長

万引きGメン篇、全3部作。これはその最終話。

EP.19 ── 万引きGメン篇③ — 完結

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