「おめでとう」が届かない側の4月。
新社会人の季節に、
無職の24歳が考えたこと。
俺は先月、人材派遣の正社員を辞めた。今は無職だ。
祖父の法事で、同じ額面の封筒を受け取った。
中身の意味だけが、違っていた。
4月になった。
おめでとう、とは言いません。
4月になった。
まず、テレビをつけると、
新社会人のニュースが流れている。
全員が同じスーツを着ている。
そして全員が同じ鞄を持っている。
さらに全員が同じ日に、
会社に向かっている。
つまり、桜が映って、辞令が映って、
「今年の抱負は?」と
マイクが向けられて、
全員がちゃんとした言葉で答えている。
しかし、あの光景を
「当たり前」だと思っている人が多い。
けれども実際には、あの光景の外に
立っている人間がいることを、
映さないまま4月が始まる。
具体的に言うと、俺は24歳で、無職だ。
先月、人材派遣の正社員を辞めた。
だから今は何もしていない。
月収は0円。
一方で、いとこも妹も
今年から新社会人だ。
月収は23万円。
つまり差額は23万円じゃない。
そもそも比較する土俵にすら
立っていない。
3月31日、
車の中から見た新社会人。
まず、妹の就職先に、
家族で送り届けに行った。
3月31日。
たしか会社説明会の日だったと思う。
俺は暇だったから、
ついて行った。
なぜなら、ついて行く以外に、
やることがなかったからだ。
そして説明会が終わって、
母が運転する車の中にいた。
助手席にはおばあちゃんが座っていた。
すると、窓の外を、
新社会人が歩いていた。
真っ黒なスーツ。
セットされた髪。
何人かが固まって、
どこかに向かって歩いている。
たぶん同期だ。
つまり、初日で、もう固まって歩いている。
そのとき、おばあちゃんが言った。
「みんなああやって
新たな人生を歩んでいくんだ」
「──○○はなにしてるの?
いつも飛び立つのが遅くて」
「飛び立つのが遅くて」が刺さった瞬間
もちろん、おばあちゃんは心配してくれている。
それは分かっている。
実際、万引きGメンに応募したときも反対した。
同様に、モバイル販売員を辞めるときも猛反対した。
つまり、いつも俺のことを気にかけてくれている。
けれども、「飛び立つのが遅くて」は刺さった。
その結果、悲しさと、あきれが混ざった感情が来た。
自分でも正体が分からないまま、
口が先に動いた。
そして俺は窓の外を見ながら言った。
すると、母が答えた。
「なにしてるって、
会社説明会が終わった帰りで、
これから同期とどっか
食べにでも行くんじゃない」
しかし、そういう意味じゃない。
つまり、俺が言い放った
「なにしてんだろ」は、
あの人たちへの問いじゃない。
たとえば、あの人たちは、
初日で同期と固まって歩けるのか。
さらに真っ黒なスーツを着て、
髪をセットして、
いきなり関係を構築して、
どこかに向かえるのか。
要するに、それが自然にできる人間がいて、
その外側に俺がいる。
そのことに対する
「なにしてんだろ」だった。
嫌味が半分。
羨望が半分。
そしてその両方を
誰にも説明できない苛立ちが、
全部。
快活クラブで、
寅さんを見ていた。
その後、妹を送り届けたあと、
俺は快活クラブに泊まった。
一人で。
一方で、妹はこれから
住宅補助付きの部屋で一人暮らしを始める。
具体的には、研修先の近くに用意された、
会社が全額補助してくれる部屋だ。
けれども俺はネカフェのブースで、
リクライニングシートを倒した。
そして、『男はつらいよ 噂の寅次郎』を見ていた。
寅さんは毎回、
どこかに行って、
誰かに恋をして、
うまくいかなくて、
また旅に出る。
つまり定職もない。家庭もない。
それでも画面の中の寅さんは、
いつも笑っていた。
会社が用意した部屋で眠る。
一方で、俺はネカフェのブースで
1978年の映画を見ている。
要するに、この構図を、
誰かに説明するのは難しい。
惨めだったかと聞かれたら、
少し惨めだった。
けれどもそれ以上に、
静かだった。
ただ寅さんの声だけが
薄い壁の向こうに漏れていた。
「新卒一括採用」というゲーム。
まず、「新卒一括採用」というゲームがある。
具体的には、4月にまとめて入れる。
そして全員に同じ研修を受けさせる。
さらに「同期」という横並びを作る。
つまり、同じスタートラインに
立ったことにして、
そこから競争が始まる。
同期。
きれいな言葉だと思う。
しかし、俺は持ったことがない。
たとえば、派遣のときも一人で入って一人で辞めた。
同様に、万引きGメンのときも一人だった。
だから「同期」という言葉を
自分の文脈で使ったことが
一度もない。
またテレビドラマでよく見る。
同期と差がついて、
あいつは結婚して順調だけど
俺はまだ伸びないな、
という対比。
あれはこのゲームに乗った人間にだけ
生まれるプライドの戦いだ。
つまり、乗れなかった人間には、
そもそも比較対象がない。
「同期」から始まる人生と、始まらなかった人生
たとえば、中学のとき、
一番モテていた女子がいた。
その子がもう結婚して、
子どもを産んだ。
実際、相手は会社の同期1年目の人だったらしい。
つまり「同期」から始まる人生がある。
出会いがあって、
恋愛があって、
結婚がある。
しかし、そのスタート地点に、
俺は立ったことがない。
結局、このゲームに乗れた人間が
「普通」になる。
一方で、乗れなかった人間は
「説明が必要な人」になる。
たとえば、面接で聞かれる。
また、親戚の集まりで聞かれる。
「新卒では就職しなかったの?」と。
その結果、その質問に、
いつも少し気まずそうに
答えることになる。
法事の食卓で
渡された封筒。
そして次の場面。
祖父の49日の法事だった。
具体的には、食事の席に12人いた。
おばあちゃんの兄弟、
おばさん、おじさん、
いとこ二人、
俺たち家族。
食事が進んだあと、
封筒が配られた。
つまり、卒業祝い。
妹にも渡された。
さらに俺にも渡された。
同じ額面で。
実際に渡された封筒。妹と同じ額面だった。
しかし、渡すとき、
目を見て言われなかった。
「頑張ってね」と言われた。
つまり「おめでとう」より
「頑張ってね」の方が多かった。
どこか気まずそうだった。
渡す側の気まずさを、俺は知っている
当たり前だ。
なぜなら、俺はその1ヶ月前に
モバイル販売員を辞めている。
だから今は無職だ。
つまり、新社会人になる妹の横で、
無職の兄に
同じ封筒を渡す。
したがって、渡す側だって、
気まずくないわけがない。
普段は俺のことなんか
そこまで気にしていないだろう。
けれどもこうやって
封筒を渡すとなったら、
多少は気になる。
それは分かる。
けれども、ここで折れてはいけないと思った。
だから、「頑張ります」と、
少し力強く、
まともな社会人風を装って答えた。
まともな社会人風。
しかし「風」であることは、
たぶんその場の全員が
分かっていた。
「おめでとう」の正体。
では、「おめでとう」は、
何を祝っているのか。
たとえば、将来を自分で建てる
第一歩を踏み出せたこと。
また、毎月の給料が振り込まれる
口座を持てたこと。
さらに「来月も生きていける」という
見通しを手に入れたこと。
つまり「おめでとう」は、
軌道に乗ったことへの言葉だ。
したがって、軌道の外にいる人間には
「おめでとう」は届かない。
届くのは「頑張ってね」だ。
要するに「頑張ってね」は、
おめでとうの代替品だ。
その差に気づいたのは、
法事の帰り道だった。
「明白」が揺れる理由
一方で、4月に全員同じスーツを着て
会社に向かうことと、
着なかった人間が
気まずそうに説明すること。
どちらがおかしいかは、
俺にとっては明白だ。
けれども──
この「明白」は揺れる。
なぜなら、ちなみに俺はまだ、
携帯料金を親に払ってもらっている。
申し訳ないけれども、
どうしようもない。
なぜなら、稼げる見通しが
一切ないんだから。
結局、「おめでとう」が言える側と、
言われる側と、
どちらにもいない場所に、
俺は立っている。
おめでとうの対象外だった時間。
振り返ると、
実は俺の人生には
「おめでとう」と言われた記憶が
ほとんどない。
つまり、なにか形になったことがない。
たとえば、自転車旅に出た。
また深夜に当てもなく歩いた。
さらに簿記の勉強をした。
加えてTOEICの勉強もした。
そしてプログラミングをやった。
ピアノを触った。電子ピアノ。
さらにゆっくりムービーメーカーで
動画を作ろうとした。
つまり全部、衝動だった。
なにかしなきゃと思って、
自然とたどり着いた場所に
手を伸ばした。
実際、興味があったら
結構衝動的にやるタイプだった。
しかし、どれも続かなかった。
その結果、どれも形にならなかった。
深夜徘徊──対象外。
簿記──対象外。
TOEIC──対象外。
プログラミング──対象外。
ピアノ──対象外。
動画制作──対象外。
つまり全部、誰にも祝われない時間だった。
それでも、全部、生きていた時間だった。
要するに「おめでとう」は
形になったものに言う言葉で、
一方で、形にならなかった時間には
誰も何も言わない。
だから少し寂しかった。
それは認める。
3万円の距離、
調べてしまった夜。
ここで恥ずかしい話をする。
実は、こっそり、
妹といとこが就いた企業を
調べてしまった。
情けないだろ。
けれども調べたのは昨日なんだ。
たとえば、家族で妹の勤務先まで
旅行に行ったとき、
そのときまでは
あえて調べないようにしていた。
なぜなら、調べたら悔しくなると
分かっていたから。
しかし帰ってきて、
夜、一人になって、
結局、調べてしまった。
住宅補助、月収23万円、そして0円の俺
具体的には、妹は一人暮らしを始めていた。
研修先の住宅補助が
まるごと出る企業に勤めていた。
同様に、いとこは2万円の住宅補助を受けて、
家賃7万円の場所に住んでいた。
結構みんながうらやむような場所だ。
つまり、月収23万円。
さらに昇給がある。
加えてボーナスがある。
そして社会保険がある。
したがって「来年の自分」が
今の延長線上に見えている。
一方で、俺は無職で月収0円。
だから来月の見通しもない。
その結果「来年の自分」は、
想像しようとすると霧がかかる。
無能じゃないから余計に悔しい
しかも俺は、
無能ではないと思っている。
実際、前の記事にも書いた通り、
高校から偏差値10以上上げて
大学に進学した。
つまり、やればできるという経験はある。
地頭が悪いわけじゃない。
少なくとも自分ではそう思っている。
それでもかなわない妹なんだ。
俺も結構いい。
けれども妹はもっといい。
いとこもそうだ。
だから、無能ではないと思っているから、
余計に悔しい。
結局、0円と23万円の間に、
「未来が見えるかどうか」
という距離がある。
しかし、あの距離は、
履歴書には書けない。
それでも、
一緒に頑張ろうと言いたい。
4月は来る。毎年来る。
そして新社会人のニュースは流れる。
桜は咲く。
スーツは売れる。
「おめでとう」は飛び交う。
けれども、俺はその風景の外にいる。
今年も。
あの列に並べなかった側として
もちろん、新社会人の4月が
間違っているとは思わない。
あの列に並べたこと自体が
一つの結果だ。
たとえば、努力かもしれないし、
環境かもしれないし、
運かもしれない。
たぶん全部が混ざっている。
ただし、知っておいてほしい。
「全員が4月にスタートするわけじゃない」
という事実を。
つまり、あの列に並べなかった人間がいる。
また、並ばなかった人間もいる。
さらに、並ぼうとして、弾かれた人間もいる。
その人たちの4月も、
同じように来る。
ただ、「おめでとう」が届かないだけだ。
「頑張ってね」じゃない、別の言葉
たとえば、法事のとき、
親戚が俺に言った。
「頑張ってね」と。
あの「頑張ってね」は
善意だった。たぶん。
けれども目を合わせてはくれなかった。
だから、俺がここで言いたいのは、
あの「頑張ってね」とは
違う言葉だ。
けれども何をすればいいかがふわっとしている。
また、人生は運ゲーだという現実も知っている。
それでもあきらめきれない。
さらに、頑張ろうと思った先に、
才能の壁と有利な属性が待っている。
けれども頑張りきれなくて、
中途半端でとどまっている。
つまり、おめでとうを見る側で、
うらやむ側で、
反骨心が芽生えても、
その反骨心の出口が見つからない。
それでも生きていかなくちゃならない。
だから、そういう場所にいる20代が、
たぶん俺だけじゃないと思う。
だから、言う。
一緒に頑張ろう。
親戚の「頑張ってね」じゃない。
また、上から降ってくる「頑張れ」でもない。
つまり、同じ側に立って、
同じ方向を向いて言う、
「頑張ろう」だ。
おめでとう、とは言いません。
けれども、5月にまた会おう。
まだ何も形になっていない。
それでも、指は動いている。
だからこのブログに、全部書いている。
ARTICLE DATA
| テーマ | 「おめでとう」が届かない側の4月の記録 |
| 筆者の状況 | 24歳 / 無職 / 月収0円 / 先月退職 |
| 妹 | 新社会人 / 月収23万円 / 住宅補助全額 / 一人暮らし開始 |
| いとこ | 新社会人 / 住宅補助2万円 / 家賃7万円 |
| 卒業祝い | 親戚一同から合計7万円 / 祖父の49日法事の席で |
| 場面① | 3月31日 / 妹の会社説明会帰り / 車内からの新社会人目撃 |
| 場面② | 快活クラブ泊 /『男はつらいよ 噂の寅次郎』視聴 |
| 場面③ | 法事の食卓 / 12人 / 同じ封筒・同じ額面 |
| 同期の有無 | なし(派遣・業務委託とも一人で入り一人で辞めた) |
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