2ヶ月いて、明確にほめられたのは2回だった。
モバイル販売派遣員が「認められる瞬間」の記録。
家電量販店のモバイル販売員として派遣された24歳。
2ヶ月間で明確にほめられたのは2回だけ。
声出しとコーティング見学の記憶力。
ティッシュ配りにほめの余地はなかった。
回数(2ヶ月間)
3ヶ月契約の途中
座った回数
辞める2日前
CONTENTS
SECTION 01
2ヶ月いて、明確にほめられたのは2回だった。
家電量販店のモバイル販売コーナーに派遣された約2ヶ月間。教育はほぼなし。辞めると決めた日の記録でも触れた通り、主な業務はティッシュ配りだった。
「明確にほめられた」回数を数えてみたら、2回だった。
2ヶ月。週5日出勤。1日8時間。合計すると約320時間の勤務時間の中で、上司や先輩から「よかった」「すごい」と言われたのはたったの2回。その2回がどういう場面で起きたのかを、ここに記録する。
SECTION 02
1回目──「結構声出てましたね。いいじゃん」。
1回目のほめは、上司からだった。
モバイル販売コーナーでは、来店客への声出しが仕事のひとつだった。「いらっしゃいませ」「本日キャンペーンやっておりまーす」。ティッシュを差し出しながら、通り過ぎる客に声をかける。ほとんどの客は目も合わせずに通り過ぎる。
ある日、上司がフロアを巡回していた。俺が声出しをしているのを見ていたらしい。巡回が終わった後、上司が近づいてきて言った。
それだけだった。5秒で終わった。
でも、あの5秒は覚えている。2ヶ月の中で、上司から「いいじゃん」と言われたのはあの1回だけだった。声出しという、最もシンプルな行為。商品知識も接客スキルもいらない、ただ大きな声を出すだけ。そこだけが認められた。
裏を返せば、声出し以外の場面で認められるチャンスがなかったということだ。
SECTION 03
ティッシュ配りの日常。
ほめようがない仕事。
日常の大部分はティッシュ配りだった。ポケットティッシュにキャンペーンのチラシを挟んで、通行人に渡す。受け取ってもらえたら「ありがとうございます」、無視されたら次の人へ。これを1日8時間のうち、かなりの時間やっていた。
ティッシュ配りには、ほめようがない。配る速度を上げても意味がない。丁寧に渡しても気づかれない。上司が横を通っても、ティッシュを渡しているだけの人間に対してかける言葉がない。「いい渡し方ですね」とは誰も言わない。
商談席に座ったことは一度もなかった。プランの説明をしたこともない。契約に関わったこともない。ブギーボードに料金を書いたこともない。JANコードを扱ったこともない。配属されてから辞めるまで、ずっとフロアの端にいた。
教育がなかったことは辞めた日の記録にも書いた。「まだその段階だね」と言われ続け、その段階から一度も進まなかった。
SECTION 04
2回目──コーティング見学と、
「さっきすごかったね」。
2回目のほめは、辞める2日前のことだった。
コーティング──スマートフォンのガラスコーティング施工──を担当していた先輩のIさんが、見学させてくれた。コーティングは通常の販売業務とは別の技術職で、俺の業務範囲には含まれていなかった。でもIさんが「見てみる?」と声をかけてくれた。
Iさんがコーティングの手順を説明しながら施工するのを、横で見ていた。液剤の塗り方、乾燥の待ち時間、仕上げの拭き方。Iさんは手を動かしながら工程をひとつずつ説明してくれた。
見学が終わった後、Iさんが何気なく工程の順番を聞いてきた。俺は見たままの順番を全部答えた。
Iさんは驚いていた。1回見ただけで工程を全部覚えていたことに対して、素直に「すごい」と言ってくれた。
辞める2日前だった。あと2日で退職する人間が、初めて見学したコーティングの工程を全部記憶していた。その記憶力に対するほめだった。
2ヶ月で2回。
声出しと、記憶力。
どちらもティッシュ配りの業務とは関係ない場面でだけ、ほめが発生した。
SECTION 05
自己評価──偏差値50以上だと思っていた。
実際は45だった。
正直に言えば、自分は周囲より少し上だと思っていた。偏差値で言えば50以上。平均よりは仕事ができる人間だという自己評価があった。
でも実際は偏差値45だった。
5人いるスタッフの中で、自分の立ち位置は5番手。最下位だ。商談に座ることもなく、プラン説明もせず、ティッシュを配っているだけの人間。客観的に見れば、チームに対する貢献度は最も低い。
偏差値50以上だと思っていた自分が、実際には45で、5番手で、ほめられたのは2回だけだった。この落差は、辞めた後に振り返ってようやく受け止められた。勤務中は「まだ教育されていないだけだ」「機会がないだけだ」と思っていた。でも結果として、2ヶ月間で評価されるポイントがほとんどなかった。
SECTION 06
なぜほめが発生しなかったか。
ほめられなかった理由は、能力の問題だけではないと思っている。
ほめが発生するには、「評価ポイントのある仕事」を任される必要がある。商談に座れば、成約できたかどうかで評価される。プラン説明を任されれば、分かりやすかったかどうかで評価される。クレーム対応を任されれば、解決できたかどうかで評価される。
しかし俺が任されていたのはティッシュ配りだった。ティッシュ配りには評価軸がない。「今日のティッシュの渡し方、よかったですね」という上司はいない。
つまり、ほめの構造的な不在だ。個人の能力以前に、評価の機会そのものが与えられていなかった。2ヶ月間、評価のテーブルに座れなかった。シナリオライターの面談で「評価のテーブルにすら座っていなかった」と書いたが、モバイル販売の現場でも同じことが起きていた。
KEY INSIGHT
ほめが発生しなかったのは、能力の問題だけではない。評価ポイントのある仕事を任されなかったという構造の問題だ。ティッシュ配りに評価軸はない。声出しとコーティング見学──ティッシュ配り以外の場面でのみ、ほめが生まれた。
SECTION 07
5番手という立ち位置。
チームには5人いた。自分は5番手。最後尾だ。
1番手と2番手は商談を回していた。3番手はアクセサリーの案内やフォローを担当していた。4番手は自分より少し先に入った人で、少しずつ商談のサポートに入り始めていた。そして5番手の俺は、フロアの端でティッシュを配っていた。
5番手の人間に声がかかることはほとんどない。朝礼で名前を呼ばれることも、退勤時に「今日お疲れ」と言われることも、なかったわけではないが、業務上の評価として何かを言われることはなかった。
5人中5番手。その事実を、俺は勤務中に認めることができなかった。「まだ教えてもらっていないだけだ」「環境が悪いだけだ」。そう思い続けていた。でも辞めた後に冷静に振り返れば、2ヶ月間ずっと5番手だった。
SECTION 08
ほめの構造的不在。
ここまでを整理する。
2ヶ月で明確にほめられたのは2回。1回目は声出し。2回目はコーティング見学時の記憶力。どちらもティッシュ配りの業務範囲外で起きた。ティッシュ配り自体に対する評価は、2ヶ月間で一度もなかった。
つまり、ほめは「通常業務の外」でしか発生しなかった。これは俺の能力が低かったからだけではない。通常業務(ティッシュ配り)に評価軸が存在しなかったからだ。評価の仕組みがない場所で評価されることはない。
辞意表明3日後の面談でも、上司から具体的なフィードバックはなかった。「まだその段階だね」の繰り返しで、何をどう改善すればいいのかも示されなかった。評価の仕組みだけでなく、教育の仕組みもなかった。
SECTION 09
2回のほめが教えてくれたこと。
逆に言えば、2回のほめは「俺の能力が発揮できるポイント」を示していた。
1回目──声出し。大きな声を出せること。物怖じしないこと。これは性格的な資質であり、鍛えたわけではない。でも上司の目に留まった。
2回目──記憶力。1回見た工程を全部覚えていたこと。これは自分でも意外だった。記憶力が良いという自覚はなかったが、Iさんの反応を見て「他の人は1回で覚えられないのか」と気づいた。
2回のほめは、どちらも「与えられた仕事」ではなく「たまたま能力が見えた瞬間」に発生した。つまり、ティッシュ配りでは見えなかった能力が、別の場面で偶然表に出た。
親ガチャの呪いが軽くなった日にも書いたが、自分の得意なことが何なのかは、やってみないとわからない。ティッシュを配り続けても、自分が何を得意としているのかは永遠にわからなかった。2回のほめは、たまたまの偶然で能力の片鱗が見えた瞬間だった。
CONCLUSION
2回のほめと、ほめの余地がなかった2ヶ月。
2ヶ月いて、明確にほめられたのは2回だった。
1回目は声出し。上司の「結構声出てましたね。いいじゃん」。2回目はコーティング見学。Iさんの「さっきすごかったね」。
どちらもティッシュ配りの外で起きた。通常業務の範囲では、評価される場面が一度もなかった。声出しと記憶力──この2つだけが、2ヶ月間で俺の能力が表に出た瞬間だった。
偏差値50以上だと思っていた。実際は45で、5番手だった。でもその45の中に、声出しと記憶力という評価ポイントがあった。ティッシュ配りでは見えなかっただけで、別の場面では認められるものがあった。
2ヶ月で2回。多いか少ないかは分からない。でもその2回は、確かにあった。
DATA
モバイル販売員としてほめられた記録。
| 勤務期間 | 約2ヶ月(3ヶ月契約の途中で退職) |
|---|---|
| 配属先 | 家電量販店 モバイル販売コーナー |
| 主な業務 | ティッシュ配り、アクセサリー案内、声出し |
| ほめられた回数 | 2回 |
| 1回目 | 上司の「結構声出てましたね。いいじゃん」 |
| 2回目 | Iさんの「さっきすごかったね」(コーティング見学時) |
| 商談席に座った回数 | 0回 |
| チーム内順位 | 5番手 / 5人中 |
| 自己評価と実態 | 自己評価: 偏差値50以上 → 実態: 偏差値45 |
| 使用機材 | ブギーボード(電子メモパッド)、JANコード(未使用) |
| 教育状況 | ほぼゼロ。「まだその段階だね」の繰り返し |
| コーティング見学 | 辞める2日前にIさんが声をかけてくれた(業務範囲外) |
| 退職方法 | メールで「更新しません」と送信(2026-02-20 金 13:20) |
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